2015年

7月13日

投稿者 : yoshimura1212 投稿日時: 2015-07-13 22:41:42 (2780 ヒット)

 稲葉真弓さんに初めて会ったのは確か久留米大学の時代である。私の異動に伴って2000年に九州大学大学院に入学、2003年に医科研に移り2004年に学位を取得している。その後も医科研の中内先生のところでポスドクをした後にアメリカの山下先生のところに留学、それからもう随分長くミシガン大学にいるのではないだろうか。彼女の論文がNatureに掲載されていた。分野違いのため原著は難しいが、新着論文レビューでも紹介されている。幹細胞の不等分裂のメカニズムの発見のようだ。これ以外にも稲葉さんは山下研で多数の優れた論文を出している。いよいよアメリカで独立を、と考えているようだ。

稲葉さんも普通の物差しではとらえられない大人物だった。たいした紹介状もなくアメリカに渡った野口英世みたいに、確か山下先生のところへは押し掛けるようにして行って熱意で雇ってもらったのだった。九大での学位の研究はSTAP-2-KOマウスの作成から解析まで、ひとりで全部やったすごい仕事だった。ところが九大の学位の公聴会では発表が極めて杜撰で審査をやり直させられた。前代未聞のことだった。学位審査の時はすでに医科研に移っており練習が十分できなかったし、優秀な彼女なら何の問題もないはず、とたかをくくっていた私のせいでもある。しかししどろもどろ、途中で舞い上がってしまったのかレーザーポインターを振り回したので審査の教授がよけまわっていたのを今でも思い出す。それがこんなに立派な研究者になって、嬉し涙が出てくる。ぜひアメリカで独立して欲しいものだ。

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