2009年

9月14日

投稿者 : yoshimura1212 投稿日時: 2009-09-14 12:06:50 (15100 ヒット)

 秋の講義にプリオン病の話をしようと思って、少し古いが

『プリオン説はほんとうか? タンパク質病原体説をめぐるミステリー』福岡伸一/著 ブルーバックス

を読んだ。福岡氏は非常に筆のたつひとで面白くてついつい引き込まれてしまった。これを読むと確かにプリオン説は怪しいと思えるような構成になっている。しかしもちろんウイルス学を教える立場からするとウイルス説の展開はかなり強引でプリオン説のそれにひけをとらない。特に引用文献がないのが欠点で、細かい科学的な反論を避けるために学術書ではなくブルーバックスに発表されたと言われてもしかたがない。

この本の批評はネット上でたくさんあるようなので繰り返さないが、一点だけ気になった箇所があった。それは2005Scienceの論文で長崎大学の西田、Yale大学Manuelidisらが神経培養細胞を用いてscrapieの干渉現象を報告している。調べてみると神経培養細胞に感染した脳の抽出物をかけると異常プリオンが蓄積することは他のgroupでも証明されているようだ。この性質を利用して高感度の異常プリオンを検出しようという試みもされているらしい。

一般的にウイルスの研究を難しくするのは動物でしか感染を証明できない場合であって(C型肝炎ウイルスも培養細胞では増えられない)培養細胞で感染できるならウイルスは比較的楽に純化できるはずだ。事実同じYaleのグループは25nmの小粒子を観察している(ProNAS2007)。そうすると福岡先生の教室で取り組んでいるといわれるウイルスゲノムを単離する方法など、もっとたやすいはずだ。脳組織よりも培養細胞のほうがはるかにDNARNAも均一に得られるだろう。なぜそれをやらないのだろうか?

 プリオン説を疑う根拠としてコッホの3原則にあてはまっていない、といわれるがそれはウイルス説も同じこと(むしろ古典的なウイルス説の方が苦しいのではないか?)。おそらく感染させた培養細胞抽出液をマウスに感染させても発症しなかったのではないか?もちろんプラークもできずに感染粒子はとらえられていないのだろう。もしそうならウイルス説(レセプター説)は相当あやしい。プリオン説でもウイルス説でもない第三の仮説を考えた方がよいのかもしれない。

 もう一点。この本ではプリオンタンパクの沈着は発症の結果であって原因ではないような書き方をしている。このような異常タンパクの蓄積で神経細胞が死ぬことはよく知られているし、いろいろな研究からプリオン病(神経細胞死)はプリオンタンパク質の異常な蓄積で起こることはそれほど疑う余地はないような気がする。問題は異常プリオンタンパクが正常プリオンタンパクを異常にかえていく連鎖反応が本当に生体内であるのか、という点だろう(試験管内でも証明は難しいようだが。。それには生きた細胞が必要なのかもしれない。プリオンタンパクは膜タンパクなのだから)。

 本書が書かれてもう5年もたっている。残念ながら福岡先生のところからウイルスを発見したという報告も、世界的にプリオン説を決定的に覆したという報告もまだないようである。

追記)なおさらに調べてみるとSoto博士らはすでに試験官内で、微量の異常プリオンをもとに正常プリオンを異常プリオンに転換する方法を開発しており(Cell 2005, Nature Method 2005, Cell 2008など)これがマウスを発症させることもできることを報告している。正常プリオンは組み替え体ではうまくいかないらしいので、まだ何か別の因子の介入はありうることだと思われるが、彼らの仕事は最終証明に極めて近いのではないか。福岡氏の著書には2005年の彼らの論文は引用されているのだろうか。。。

いずれにしてもこの本はもう古い。知識の乏しい学生には勧められない。ただ気楽な読み物として、あるいは論文を批判的に読み自説の補強にうまく利用する方法(弁論術?)を学ぶにはよいと思われる。つまり現在、プリオン説にたった論文と否定的な論文の数の比は圧倒的に前者が多い。しかし読者はそんなことは知らない。後者の説を読者に納得させるには両者の論文を同程度引用し、前者の欠点を詳細に指摘し後者の説をあたかもすごい発見のように紹介すればよい。これは我々も論文を書く時に無意識にやってしまうことなのだが、専門家のreviewerからはこっぴどくやられる。

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