2017年

5月1日

投稿者 : yoshimura1212 投稿日時: 2017-05-01 20:43:13 (979 ヒット)

 4月27日から29日まで自己免疫疾患とエピゲノムの会議に出席した。以前から親交のある長沙のDr.Luが呼んでくれたのだった。27日は別の会議で阪大から竹田先生、徳島大学から高浜先生が来られていた。中国の会議というと招待演者には下にもおかない歓待ぶりだ。「先生」を敬う国民性なのだろう。講義の評価で「教授をかえたほうがいい」とか書く学生はきっといないだろう。今回もそうで担当の大学院生が空港まで迎えに来てくれて夜は美味しいところに連れて行ってくれる。参加者は"great hospitaility"と口々に賛辞を送っていたが、講演の内容よりもネットワーク作りに意義を感じているのかもしれない。
空港を降りると2つのことに驚いた。ひとつは気温。北京と言うと緯度は仙台よりやや上で内陸なので寒いイメージだが着いたらいきなり日中30度だった。どうやら春がやたら短いらしい。しかもものすごく乾燥して唇がパリパリになる。もうひとつは広い綿のようなものが大量に舞っているではないか。スモッグではない。タンポポの綿毛のようだがヤナギやポプラのタネだそうだ。街なかもものすごい。中国語で柳絮(リウシュウ)というらしい。昔から北京の風物詩だそうだ。北京の郊外は森に囲まれており道も広くて街路樹もたくさんある。私はこの景色をみるのは初めてなので感作されているはずはないのだが、涙と鼻水が止まらない。これこそ「病は気から」の典型か、あるいは花粉に対する防御反応がここぞとばかり発動したのだろう。ひどかったのは初日と2日目だけだった。
     29日会議が終わって夕方なつかしい人が尋ねて来てくれた。卒業生のA君である。九大の卒業生たちはきっと彼の消息を知りたがっているだろう。そういって写真をupすると言ったら絶対にやめてくれという。『人知れずひっそり生きていきたいのです』とのたまう。北京に3年もいたら中国語はペラペラだろうと言うと「からっきし」だそうで、Dr.Luが中国語で話しかけても全く解らないようだった。北京の街の広さ、建造物のすごさ、人口の多さ、科学研究への投資額をみているとこれからはどうみても中国の時代のように思える。会議の参加者も5年前に比べると中国の生命科学のレベルはかなり上がっていて欧米に近づいていると言っていた。「ここで中国語を学ばないでどうする。もう実験はいいから日本に帰るまでに中国語をマスターしておけ」とアドバイスしたのだが。。。来月には論文を投稿するというのでぜひよいところに通して凱旋帰国して欲しい。
食事の後天安門広場へ二人で行こうとしたが人が多くて途中であきらめた。天安門の壁がライトアップされていたので端のほうで写真をとった。この影でうちの卒業生なら誰かわかるだろう。

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