2018年

1月3日

投稿者 : yoshimura1212 投稿日時: 2018-01-03 11:34:01 (1281 ヒット)

 齢を重ねると頼りになるのは最後は「自分」ではなくて「神様、仏様」。今年は子供の受験やら論文投稿やら「お願い事」満載である。三社参りでは到底足りないと考えて、元旦は実家の近所の名もない社、お地蔵様、それに町の小さな日吉神社に、2日は大渋滞をものともせず本家「太宰府天満宮」に、そして3日は中野の新井薬師と新井天神、それに西町天神に詣って来た。こんだけ拝んだのだからきっと満願成就でしょ。しかしおみくじは中吉や小吉ばかり。「学問」は「怠けず精進せよ」であった。神様はお見通しか?大吉が出るまで引こうかと思ったが、本能寺に奇襲に行く道すがら神社に立ち寄っておみくじをひいたら大凶が出たので大吉が出るまで引き続けたという明智光秀の逸話もあるのでやめにした。それでもご利益欲しい。。

○○○の審査は発狂したくなる。ともかく量が多い。100件近くをすべてコメントを書き入れろという。1件10分でも15時間以上かかる。もとより集中力がない人間なのでやれるのはせいぜい一日10件くらい。この正月でかなりやったと思ったらまだ1/3も出来ていない。しかもどれもよく出来ている。なかなか優劣つけがたい。どれも必死さが伝わってくる。それでも90%くらいは何かダメ出ししなければならないわけでだんだん定型文のようになってくる。これは私だけの問題ではないと思う。審査方法をもう少し検討すべきだろう。
 

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