2018年

4月7日

投稿者 : yoshimura1212 投稿日時: 2018-04-07 17:33:50 (1027 ヒット)

上野の国立科学博物館で「人体」展をやっている。○NKに苦言を呈した手前一度見ておきたいと思って行って見た。ダビンチとかの解剖学の歴史が面白かった。そのなかにレーベンフックの顕微鏡の実物もあり、その小ささに驚いた。レーベンフックはよほど目が良かったのだろう。ついこの間まで微生物学を講義していたのでレーベンフックのことはある程度知っている。「微生物学の父」とも呼ばれている。ちょうど京都大学人文科学研究所の田中祐里子氏の講演があったので拝聴した。やはり文系の先生の講演は上手だ。丁寧に一般のひとにもうまく興味をつなぐように話される。フェルメールの「天文学者」と「地理学者」のモデルはレーベンフックではないか、と紹介するのはお約束なんだろうが「モデルとは違う」という説もあってあれこれ解説されていたのは面白かった(ウンチクがひとつ増えた)。レーベンフックが「最初に見た」とされる原虫や細菌、赤血球、精子など原図を見せながらいろいろなエピソードを紹介された。予定の60分を過ぎても話し続けられたが聴衆は飽きずに聞いていた。質問の時間になって誰かが「レーベンフックの業績はまとめると一体何ですか?』と問われてこれらを最初に見て報告したこと、と答えられた。しかし「微生物学の父」と言われながら彼は発見した細菌が「何をしているのか?」という疑問には一向に関心がなかったように見える。彼はビールに酵母がいることを見つけて酵母はビールから生まれると考えた。酵母がビールを造っているとは思いもしなかったそうだ。しかしレーベンフックはともかく周囲の自然科学者や医学者たちはこんな小さなものが何をしているのか?ということになぜ興味を持たなかったのだろう?そこで思い切って「なぜ彼の発見は機能に結びつかなかったのか?微生物が発酵や病気の原因であることは200年後のパスツールまで待たなければならなかったのはどうしてでしょうか?」と質問した。その答えは17世紀の医学理論体系がなんとか(よく聞き取れなかったがあとで厚かましくもメールで尋ねたらデカルトの粒子論ということだった)でレーベンフックの発見は医学界には全く波及しなかった、といったものだった。あとで調べると田中氏は「近代西洋医学発展史」の研究者なんだそうで、実は同じ疑問を持たれている。レーベンフックももしかしたら「微生物と病気」の関係に気づいていたかもしれない。しかし、やっぱり見たものから想像するだけでは人々を変えることはできず「実験的検証」(病原微生物の場合はコッホの3原則など)という科学的な方法論が確立されるまで長い時間待たねばならなかったのだろう。

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