2019年

2月25日

投稿者 : yoshimura1212 投稿日時: 2019-02-25 23:56:41 (1237 ヒット)

今朝朝JR総武線のお茶の水付近で停電事故があり大混乱となった。東京の中心部で動脈が遮断されたようなものか。バイパスのために丸の内線に乗客が殺到したらしい。今朝は10時前から霞ヶ関付近でさる奨学金の面接審査の予定だった。9時前に家を出て丸ノ内線の駅に行ったが一向に電車が来ない。前が詰まっていて動けないらしい。今日は国立大学の2次試験だったので受験生は焦ったことだろう。私は途中であきらめて大江戸線や日比谷線を乗り継いで目的地には10時20分に着いた。こういうのは「憤懣やるかたない」が何処にも怒りの持って行きようが無い。つい審査にも厳しい言葉が出てしまったかもしれない。
ただ質疑応答を聞いていると、もっと「自分で考えてほしい」なと思う。博士課程1年くらいの駆け出しなのでいたしかたない面はあるが。「この実験は何の目的で行うのか?」「この方法で知りたい事がわかるのか?」という根本的なことがしっかり答えられない。「別のこれこれの方法が簡単だし早いとも思うがそれではダメな のか?」という少し応用問題にはもっと答えられない。3原則の「experimental value」そのものに関わる事だ。目的と方法の整合性は常に考えておかないといけない。それには日頃から自分のやっている実験に関連する論文は自分で探して読み、考える訓練をしてほしい。先生はそれを見越して、目的と方法に関する事は全部は言わない(私のように単にアイデアが無いという場合もあるが)。何故この実験を指示しているのか?そこは当然自分で調べて理解してほしいと思っている。大学院生として研究のトレーニングを積む というのはそういうことだ。

6人の審査員が10数名の候補から5名を選ぶのだが、驚いた事にどの審査員もほぼ同じ5名を選んでいる。どの発表もそれぞれ重要な研究課題で目的も方法もしっかり述べられている。しかし差が出るのは質疑のように思える。学生さんには「圧迫面接」のように感じられたかもしれなしが、実は我々は「日頃自分でどれくらい考えているか」を見ようとしているのだ。ただ先生の質問にはよいアドバイスや指摘が含まれていることも多い。「それは考えていませんでした。ご指摘ありがとうございます」ということもあるので面接は決して無駄ではない。いや無駄にしない人は通っているのかもしれない。

印刷用ページ このニュースを友達に送る

投稿された内容の著作権はコメントの投稿者に帰属します。