2019年

2月28日

投稿者 : yoshimura1212 投稿日時: 2019-02-28 03:01:00 (3485 ヒット)

  27日付Natureのon line版にアメリカのラホヤ研究所のAnjana Rao教授らとの共同研究の成果が掲載されるプレスリリースも行なった。この仕事ではアメリカ側の貢献が大きい。膨大な遺伝子解析を行なってNr4aにたどり着いたのはRao博士だ。数年前に偶然国際会議で一緒になりRao博士から共同研究の話が舞い込んだのだ。私のグループはDNAやマウスを送ってほとんどの実験はアメリカで行われた。それでも敢えてうちからもプレスリリースを行なったのは、私にとっては思い入れが深いから。アメリカまで行ってreviseにどう答えるか筆頭著者と膝を付き合わせて議論したし、何よりNr4a阻害剤の開発に何処か乗り気になってほしかった。

  今回の研究は腫瘍免疫に関するものでまさに『T細胞の疲弊化(exhaustion)』の分子機構の一旦を明らかにしたものだ。T細胞(特にキラーT細胞)の疲弊化は多くのラボがしのぎを削っている、今最もホットな分野の一つだ。「疲れた」などと言ってはいられない。T細胞の疲弊は免疫チェックポイント療法でもCAR-T療法でも免疫療法の効果を損なうことが知られている。オブシーボのような抗PD-1抗体はT細胞の疲弊を回復させ元気にすると一般にはわかりやすく説明されているが、現在では完全に疲弊化したT細胞はもはや免疫チェックポイント療法では回復させることはできないと考えられている。それはPD-1以外にもTim3やLag3といった複数のチェックポイント分子が強力に発現し、またインターフェロンγのような腫瘍攻撃分子の発現が低下するためだ。このような変化はエピジェネテックに制御され後戻りできないと考えられている。では何がこのような疲弊化の性質を規定するのか?疲弊化に関する元締め的な転写因子の探索が続けれれていた。その一つがNr4aであったということだ。
T細胞とNr4aについては当研究室で関谷君が制御性T細胞(Treg)の発生維持に必須の分子ということで長く研究を続けていた。Nr4aはT細胞受容体(TCR)の刺激で誘導され、Foxp3などTreg機能に重要な遺伝子の転写を促進すると同時に炎症性サイトカインの産生を抑える。Rao博士らはT細胞の疲弊はTCRで活性化される転写因子NF-ATが単独で長く活性化されることで起こるという仮説を提唱して来た。活性化型NF-ATを強制発現すると疲弊の形質が現れるが、ゲノムワイドにクロマチンの状態を調べるとすべての疲弊関連遺伝子の転写調節領域にNF-ATが結合しているわけではない。NF-ATで誘導される別の転写因子が必要と考えた。疲弊によって発現が上昇する遺伝子の転写調節領域を調べるとそこにはNr4a結合配列が見出された。それでNr4aが疲弊関連遺伝子の元締めではないかと考えたわけだ。そこからはNr4aを強制発現したりノックアウトしたりして表現型や遺伝子発現の変化を調べている。Nr4a欠損T細胞(遺伝子が3つもあるので3つ潰さないといけない)では疲弊関連遺伝子のクロマチン状態が疲弊していない細胞のそれに近いことがわかった。Nr4a欠損T細胞は腫瘍マウスに投与しても疲弊化しにくく、強力な抗腫瘍効果が得られた。
もうひとつ私がNr4aに固執するのは大学院生だった日比野さんがNr4a阻害剤を探索していて抗がん剤であるカンプトテンシンにNr4aの転写を抑制する活性があることを見出したから(Cancer Res 2018)。このときはTregを抑えるから抗腫瘍活効果が上がると考えたが、よくよくデータをみるとCD8T細胞(腫瘍を攻撃するキラーT細胞)も増えてかつインターフェロンγ産生も大きく上昇している。なのでNr4aはCD8T細胞にも直接何かしているのではないかとうすうす感じてはいた。しかし『疲弊』にまでは頭がまわらなかったのだ(すでに頭が疲弊しているので)。 ともかくNr4a阻害剤は抗腫瘍免疫を増強させうることはすでに証明されている。あとはもっと特異性の高い阻害剤をスクリーニングすることだ。
しかし他の研究者も手をこまねいているわけではない。先週のkeystoneシンポジウムではToxやEgr2が同様の働きをすることが報告された。Nr4aは疲弊を制御する因子の一つにすぎないかもしれない(それは言いたくないが)。あるいはToxやEgr2の下流にあるのかもしれない。今後疲弊を制御する転写因子間の関係性がもっと詳しく調べられるだろう。
今回はproofが来てからon lineまでわずかな期間でプレスリリースもあたふただった。なんでかと思ったら同じ日にChen DongのラボからNr4a1が免疫寛容や疲弊に重要という論文が隣に掲載されていたので出版社は同時に出したかったのだろう。Nr4a1はAP-1結合サイトにくっついてAP-1を抑制するらしい。寛容(tolerance)と疲弊(exhaustion)、分子機構はほぼ同じなのかもしれない。なおChen Dongとは、彼のラボに卒業生が2人も留学したことがあり旧知の仲なのだが、彼らもNr4aに注目しているなんて今日まで知らなかった。

でもやはり『がん』は注目度が違うのだろうか?同じNatureなのに1月の脳梗塞のプレスリリースではほとんど応答なし。でも今回はすでに複数の新聞社から問い合わせが来たこっちも。どちらも一般にも関心が高い話題だとは思うのだが。。。
 

なおNr4aを阻害するばかりが能ではない。活性化すれば寛容が誘導されて自己免疫疾患に有効なはずだ。実はNr4aの活性化剤はすでに知られている。そのひとつがクロロキンだ。クロロキンの誘導体ヒドロキシクロロキンはすでにSLEに対して認可されている。クロロキンに抗炎症作用があることはよく知られているが、そのメカニズムのひとつはNr4aの活性化にあるのかもしれない。

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