2020年

4月15日

投稿者 : yoshimura1212 投稿日時: 2020-04-15 17:36:55 (11734 ヒット)

コロナウイルス が注目されてPCRだ、抗体検査だ、アビガンだと連日報道されている。BCGによる自然免疫やサイトカインストームというおそらく一般の方には聞き慣れない言葉も多く、私も説明を求められることがある。一応免疫学を専門にしているのでコロナに特定するわけではないがウイルスに対する生体の防御反応について簡単にわかりやすくまとめ、特に最近の話題との関係も書き記したい。免疫応答の全体像はこちらを。長文面倒というかたは「免疫劇場」を見てください。


ウイルスの防御には「バリア」「自然免疫」「獲得免疫」そして「免疫記憶」がある。最初にウイルスが喉や鼻腔などに侵入しても全てが感染できるわけではなく、粘液などの化学的バリアによって侵入そのものを防ぐ機構がある。場合によっては涙でウイルスを洗い流したり、くしゃみで吐き出したりすることもある。それでも細胞表面の受容体(コロナの場合はACE2と呼ばれる血圧調節に関係する分子)に結合すると細胞内に侵入して複製を始める。この過程も分子的にいろいろ複雑なことがことが起こり、ウイルスが侵入する細胞も特定の細胞に限られるらしいが専門的なので割愛する。
ウイルス感染が起こったあとのファーストデフェンスは「自然免疫」の中でもI型インターフェロン(IFN)と呼ばれるサイトカインである。これは感染した細胞自身が「やられた!」という警報を周辺の細胞に伝えて、警報を受け取った細胞は「これはウイルスが来るぞ」と身構えるわけだ。I型インターフェロンにはαとβ2種類あるがどちらも作用は同じと考えてよい。インターフェロンは少し前までC型肝炎ウイルスの治療に使われていた。コロナでも効果があるとされているがどこまで使用されたかは不明詳しい作用はこちらのHPを参照
しかしインターフェロンだけでは防ぎきれないことが多く次に来るのがNK細胞である。NK細胞はウイルスに感染してしまった細胞を見分けて容赦無く殺す。見分ける機構は難しいので興味ある方は総説などを見て欲しい。また感染した細胞には補体と呼ばれる血液中にある防御タンパク質がくっついて殺すこともある。感染した細胞は細胞内でウイルスがやたら増えて乗っ取られてしまうがやがて細胞死を起こして死んでしまうと同時に周辺にウイルスをばらまいてしまう。細胞が死ぬときにはアラーミンと呼ばれるやはり別の警報物質を放出する。これによってマクロファージが集まってきてIL-1やIL-6などの炎症性サイトカインや炎症性化学物質を放出して強い炎症を起こす。マクロファージはまた死にかけた感染細胞を食べて消化してしまう。NK細胞や補体やマクロファージは身内の細胞を殺すことで、なるべくウイルスが増える前にウイルス産生工場と化した細胞を葬ってしまおうという「肉を切らせて骨を断つ」戦略だ。話題のBCG接種はこの自然免疫の戦闘力をあげて活性化しやすくするというものだ。なお睡眠をとるとかストレスを避けると「免疫力が上がる」から感染防御にいいと言われるが多くはNK細胞を増やすものである。「笑うといい」という話もあるがおそらくストレス軽減効果だろう。実験的には笑わせると感染に強くなるという証拠はない。実験動物を笑わせることは非常に困難だからである。

自然免疫で対処できないと次は獲得免疫の出番になる。感染で死んだ細胞はマクロファージに似た樹状細胞という細胞にも食べられる。樹状細胞は感染細胞内のウイルス抗原をかかえてリンパ節に走っていき、そこでウイルスに反応できるT細胞クローン(兵士)を活性化し数を増やす。T細胞には感染細胞を直接殺すキラーT細胞(CTL;細胞障害性T細胞とも呼ぶ)とB細胞の抗体産生を助けたり自然免疫を増強するヘルパーT細胞がいる。キラーT細胞は感染細胞の表面に提示されたclass-I HLA-抗原複合体という分子を認識して感染細胞を殺す(HLAはMHCと同じ意味。HLAとかMHCはノーベル賞に輝く重要な分子なのだが説明は難しいので単にウイルス感染の特別な目印と理解していただきたい)。クローンが増えるのに時間がかかるために獲得免疫が有効になるのに1週間はかかる。一方でB細胞は抗原を細胞表面の抗原受容体(抗体の初期段階の分子)で認識してやはりクローンが増えて、やがて抗体を細胞外に放出することになる。ここでヘルパーT細胞の助けを借りてより強力な抗体が作られる。抗体検査キットはIgMとIgGが検出されるようになっているが、IgMは感染初期に作られる抗体でIgGはヘルパーT細胞の助けをかりてより強力になった抗体である。だから一般的にはウイルス特異的なIgM抗体が検出されてIgG抗体が検出されなければまだ感染初期でIgGも検出されるようなら感染後かなりの時間がたったと判断される。

抗体やキラーT細胞でウイルスを撃退できればよいがそれには時間がかかる。ウイルスの増殖スピードが獲得免疫系の活性化を上回って感染細胞がどんどん死んでいけば肺などの機能は失われる。一義的には肺機能の低下で死亡する場合はウイルスそのものが細胞を殺すことによる。しかし一方でウイルスが減っても器官が破壊され続けることがある。よく言われる「サイトカインストーム」もその一つである。キラーT細胞やNK細胞は我々の身体の細胞を殺しているのだ。そのため感染細胞が多いと殺される細胞も多く臓器のダメージは避けられない。またウイルスの目印があると言っても周辺の正常細胞もついでに損傷してしまう。某国のミサイルがいかにピンポイントに敵国の軍事拠点だけをたたいているといっても周辺の民家にも甚大な被害を与えているようなものだ。さらにヘルパーT細胞によって活性化されすぎた自然免疫系、特にマクロファージはIL-6などの炎症性サイトカインを過剰に撒き散らしてしまう。これが多臓器不全を起こすと考えられている。なのでコロナウイルスに感染した重篤な 患者を対象に現在IL-6受容体に対する抗体(アクテムラ)や炎症性サイトカイン一般の作用を阻害するJAK阻害剤の治験が行われている。
炎症性サイトカインは脳の視床下部に作用して発熱を誘導する。感染によって発熱するのは高温では一般的にウイルスや細菌の増殖が低下する一方で免疫細胞は活発化するからである。しかし熱で体力は奪われるので文字通り消耗戦だ。アクテムラ投与は急速に熱を下げて身体は楽になると言うがウイルスの増殖は抑えないことに注意すべきである。感染時に熱を下げたほうがよいかは判断が難しい。なおWHOは熱がありコロナ感染が疑われる場合の解熱剤はイブプロフェンなどのNSAIDsではなくアセトアミノフェンを推奨している(確実な臨床的根拠はないとされる)。何故か?少々複雑なので説明は割愛するが医学生には宿題とする。

さて免疫系がウイルスに勝ってめでたく退院となる頃には、ごく一部の記憶T細胞や記憶B細胞(免疫記憶)を残して獲得免疫は戦線を縮小する。記憶B細胞はしかし抗体を作り続けており身体を巡っている抗体が次に侵入してきたウイルスを早期に排除する。キラーT細胞もいち早く感染を検知して感染細胞を殺す。なので免疫記憶が成立すると2度目以降のウイルス感染から身を守ってくれるのだ。これがいわゆる「2度なし現象」で、ワクチンはこの現象を利用している。誤解されやすいのだが、免疫があれば決して感染しないと思われがちだが実際には感染する。感染はするが早期にウイルスが排除されるので感染したことに気がつかないか軽症で済むということだ。記憶T細胞や記憶B細胞は2度目以降の感染では素早く増殖するので初感染の時よりもずっと早く効果的に対応できる。これを2次免疫応答という。なので初感染のあと抗体価が低くても2次応答の際はすぐにIgGが増えることが多い。免疫記憶がどれくらい続くのかは実はまだ確定されていない。どうもウイルスや細菌の種類によるようだが少なくとも2,3年は持つと思われる。その間にまた感染が起こり2次免疫応答が起きればそこでまた新たに記憶が更新されるのでかなり長期にわたって記憶が続くことになる。現在RNAワクチンとかDNAワクチンとかコンポーネントワクチンとかいろいろ報道されているが基本的には擬似的にウイルス感染を模倣してB細胞やキラーT細胞の免疫記憶を成立させることだと考えてよい(ワクチンの種類によってはキラーT細胞の記憶はできないことがある)。WHOは感染したほとんどの人が抗体を持つがごく一部に抗体価が低い人がいることを理由に抗体保有者が再感染を防げる保証はないと寝言を言っている。もちろんヘルペスウイルスのような潜伏感染やC型肝炎ウイルスのような慢性感染も可能性はあるが、そうなるとT細胞や抗体で完全に抑えられないのでかなりの注意が必要になる。しかし今の所それらが憂慮するほど多いという報告はないと思う。
しかしウイルスもやられるばかりではない。ウイルスはあの手この手で免疫系から逃れようとしている。例えば抗原性を変化させて免疫から逃れようとする。特にRNAウイルスは変化しやすい。インフルエンザがワクチンを打ってもなくならないのはこのせいだ。ごくまれに起る一旦陰性になってまた陽性になる場合もこのようなエスケープ機構かもしれない。コロナウイルスも今開発中のワクチンが1年後も有効かどうか。ワクチンも完璧ではない可能性もある。しかしだからといってワクチンを推奨しないと言うのは1%の漏れを指摘して99%を救おうとしない無責任な態度とも言える。生体応答なので100%完璧ということは少ないのでそこはリスクと利益を考えてデータを基にシミュレーションを活用するなど合理的な判断が求められる。
WHOは抗体があっても再感染するかもしれないので抗体陽性者でも外出しないように言っていながらワクチン開発を推奨しているのは完全に自己矛盾している。ワクチンの効果を広く調べるためには抗体価を測るしかないし、ワクチンが生の病原体よりもよりずっと効果的な免疫を誘導するという話は今のところ教科書的にはない。

また抗体産生などの免疫系の発動や効果には人間の側の遺伝性の要因も大いに関係する。感染しても軽症で済む人と重症になる人がいるし、感染者の一部には抗体値が高くない人もいる。これは本人の体力や年齢のせいもあるが遺伝子の違いにもよる。特にHLAの違いは重要で、HLAは簡単にいうとT細胞がウイルス感染細胞や抗体産生するB細胞を認識する目印なので、この違いはウイルス感受性に大きな影響を与える。HLAは民族や人種によっても偏りがある。「日本の謎」としてコロナによる死者が少ないことの理由のひとつはBCG接種のためという説もあるが、HLAの違いのせいかもしれない。最近、ようやくHLAとウイルス抗原に着目した研究が報告されたそうで、やはり過去の旧型コロナウイルス感染でも新型に対して免疫ができる場合もありそうだ。しかしHLAの分布が日本とアメリカで近いなどすべてがHLAで説明できるわけではなさそうだ。単純に考えると日本で死者が少なかったのはこれまではクラスター潰しが奏功し医療崩壊を免れて手厚い看護が得られたためで、2009年の新型インフルエンザでも日本の致死率は際立って低かった。しかし首相の号令に関わらず相変わらずPCR検査は少なく(土日はやらないくていいのだろうか?)感染経路がわからない例が爆発的に増えつつある今後はどうなるかはわからない。怪我の功名で日本はPCR検査を絞ったせいで市中での不顕性感染が蔓延したことで集団免疫の成立を早めた可能性は十分ある。

その先の話。もしウイルスが排除されても重篤な場合、肺機能が著しく損傷されて生死の境をさまようことになる。幸いにも人工呼吸器を外せた場合次に重要なのは肺組織の修復である。ここでも免疫細胞の出番だ。最近は制御性T細胞T細胞(Treg)が脳をはじめ様々な損傷組織に集積して修復に働くこともわかってきた。最も一般的なのは線維化で、傷ついたところを線維芽細胞で埋めていくわけだが、線維芽細胞の増殖や線維化にはマクロファージやT細胞からの増殖因子やTGFβが関与する。残念ながら線維化は穴を埋めるだけでガス交換などの機能的な修復はできない。なんとか肺胞細胞を増やしたい。「肺は再生しない臓器」と言われて来たが最近では肺胞上皮細胞も増殖すると言われているし、幹細胞や修復再生を目指した研究も行われている。また肺細胞の細胞死を止め修復も促進するサイトカインとしてIL-22が報告されている。しかし他の臓器と比べると肺組織の修復や再生の基礎研究は極めて遅れている。この時期なので適応修復研究を目指すにはチャンスかもしれない。間葉系幹細胞による治療効果がコロナ肺炎でも言われ始めている。ただしただしAMED-CREST/PRIME「適応修復」領域では単なる治療を目指した応用研究は歓迎されない。あくまで病態を分子細胞レベルで理解する基礎研究領域だからである。


随時加筆改訂中。素朴な疑問は歓迎しますのでメールを。

 

 

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