『経世済民の男』をみて

投稿日時 2015-09-05 23:44:28 | カテゴリ: TOP

 土曜日、ここしばらくNHKは21時から『経世済民の男』と題して高橋是清や小林一三の半生を描いている。折しもアベノミクスの好況から一転して『中国発の世界恐慌か?』という不安定な時代である。経済通でなくても誠にタイムリーな企画だと思って見始めた。予想されたことながらNHKのドラマなので骨太の経済の話というよりはベタな人情話がほとんど。それに感動して涙している自分が情けない。しかし今日の小林一三の若き日の下宿の婆さんの一言には唸らされた。『貧乏と貧乏くさいは違います。貧乏くさいというのは人様のことは顧みず自分だけ甘い汁を吸おうという心根だす。貧乏くさいとうのはその本人の生き方の問題だす。』日頃、明日の研究費のことばかり考えているとどうしても『貧乏くさく』なる。なんとかこの論文を通して明日の糧を得たいとあがく。この国のサイエンスや産業がどうなるか、なんて考えまでには頭がまわらない。『お前は貧乏くさい』と言われたらその通りかもしれない。私だけならいいが国をあげて『貧乏くさい話』になっていないか?だとするといずれ国は『本当の貧乏』になるだろう。競争的資金も大事だが、特に基礎研究には最低の基盤となる研究費や人件費は保証すべきだろう。贅沢は必要ないが研究者を『貧乏くさく』しても何もいいことはない。
今日の読売新聞の編集手帳にも似たような話が載っていた。エジソンの言葉を引用して東芝の不正経理を批判している。東芝も『貧乏くさい』ことをして本当に貧乏になった。フォルクスワーゲンも同じことをしてしまった。目の前の儲けよりも社会や人類のためという志があればこんな不正はなかっただろう。

面白かったのは、若き小林一三は不遇の時代に、我が子から『お父さんはどうして偉くならないの?』と聞かれて女房の方を向きながら『出世する人はみんな偉い家から嫁さんをもらっているんや』と答えている。これはあかんやろ。よくある夫婦喧嘩のもとだ。密かに反省したオヤジもいるのではないか。それにしてもこの番組は経済ドラマではなくホームドラマなんだろうか?時間帯からしてそうかもしれない。

9/19放送の『鬼と呼ばれた男〜松永安左エ門』はよかった。『半沢直樹』ばりの逆転劇だったからだろう。戦後の電力自由化、国営会社の解体にのみ焦点をあてて、官僚などとの戦いを描いた。官僚よりの委員の反対で松永案は一旦否決されるが、大臣池田勇人を説得して法案が提出される。しかし国会で否決。このまま負けるかにみえたが松永は最後はGHQを動かして再度逆転し国営会社は分割民営化された。まさに不撓不屈。劇中の彼の言葉が耳に残っている。『ひとは山を登りきれば視界が開けると思っている。そんなことはない。山の向こうはまた山だ。』

こちらは私よりも的確な批評かも。
 






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