100周年記念誌、研究委員会、MCB

投稿日時 2017-09-12 08:20:57 | カテゴリ: TOP

 慶應義塾医学部100周年を記念して教室の歴史を書くように仰せつかっている。60周年記念誌には微に入り細に入り人事と研究業績が並べられている。とてもこのような大部の報告書のような「教室史」は書けないがこのネットの時代だ、各教授の業績くらいすぐにわかるだろうと思っていた。調べているうちに確かに近年亡くなったかたは学会などの「追悼文」が出ているので写真と業績が容易に入手できる。ところが1960−2000年くらいの情報がなかなか手に入らない。科研費の報告書のようなものは出てくるが、業績を短い言葉でまとめたものや写真が出てこない。写真は電子カメラの普及前だからだろう。当時はもちろんHPもなかった。この辺はお弟子さんを頼るしかない。戦後の微生物学免疫学教室のなかでひときわ光っているのは渡辺力教授の業績だろう。細菌の「多剤耐性因子」を発見したのだ。教科書に載るようなすごい発見だ。渡辺教授は教授在籍わずか2年で胃がんのために逝去されているのでその悲劇性もあって強い印象を残されたのかもしれない。教室の廊下に記念のパネルがある。不明にも私が赴任した時は誰かラボで実験中になくなったのか、くらいにしか考えていなかったが今回調べて改めてその偉大さが理解できた。
昨日は教授会で「研究委員会」の委員長としての最後の報告を行なった。2年の委員長の期間で様々な問題に取り組んだものの力不足のために時間と労力を使った割には成果は上がらなかった。実際に改善されたのは学振PDが健康診断を受けれるようになったことと「学部内一斉メール」を整備したことくらいだろうか。もともと調整力とかリーダーシップとかは皆無の人間なので「長」のつく仕事には向いてないのだ。自分で抱えて疲れが溜まる。ようやく研究委員長の肩の荷が降りたかと思ったら次はMCB(3年生の基礎教育科目;molecular and celluar biology?)の主任(取りまとめ役)を仰せつかった。自分には「免疫学」の講義があるので固辞していたのだが前任の先生があまりに大変そうなので「研究委員会が終わったら」という約束で引き受けたのだった。これは外部、内部の講師を呼んでオムニバス形式の講義が36コマ延々続くもので主任の役割は要するに時間割をつくったり担当を決めたりという調整役だ。委員も6、7名いるが非常に大変なので基礎各教室から若い人を出してもらってなんとか一人当たりの負担を軽くしようとしている。何処もそれぞれの授業を抱えているので皆さんなかなか大変だろうがお願いしてまわるしかない。こんだけやっても外部の偉い先生を呼んでも熱心に聞いている学生は少ないだろう。これが一番ストレスが溜まる。。。またぼやいてしまった。






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