上原賞

投稿日時 2020-12-14 15:40:01 | カテゴリ: TOP

 今日2020年度の上原賞の受賞アナウンスがあった。上原賞というのは上原記念生命科学記念財団毎年2名の研究者に授与している賞で、過去にはノーベル賞の山中先生も大村先生も本庶先生も受賞している大変名誉ある賞である。もとより私のような浅学非才なものがいただける賞とは思っていないが、これまで一緒に研究してきた若者たちを代表してもらえるとしたら大いに誇りとしたい。内容的には大学生レベルの免疫学や遺伝学のほとんどの教科書に書かれていることで、決して他の受賞者の業績に引けを取ることはないと思う。ただ私はその端緒を開いた「一粒の麦」に過ぎないので、私個人の業績というよりひとえにこの分野を発展させてくれた仲間や世界中の研究者のおかげ、評価していただいた選考委員の先生方のおかげである。 


受賞研究題目は『サイトカイン応答を制御する分子機構の発見とその病態解明』。サイトカインは免疫のみならず内分泌や代謝など身体の恒常性を保つ上でなくてはならない物質で、細胞と細胞の間のコミュニケーションツールである。おそらく100を超えるサイトカインが存在すると思われるがその中で1/3くらいはいわゆるJAK/STAT経路を使っている。このJAK/STAT経路の調節系として非常に特異性が高いのがCIS/SOCSファミリーの遺伝子群である。またサイトカインや、それ以外の増殖因子のほとんどはRas-ERK経路を活性化する。こちらの負の制御因子はいろいろあるが我々が発見、クローニングしたのはSPREDファミリーという遺伝子群である。これらの発見の経緯や解説はこちらこちらこちらをご覧いただきたい。いずれにしろ20年以上前の成果だ。その後我々は遺伝子改変マウスを使ってコツコツとその機能や生理的、病理的な意義付けを行ってきた。おそらく評価してもらえたのは発表してきた内容の多くがX線結晶解析SOCS1,3SPRED1)によって原子レベルで証明され、さらにSOCSSPREDもヒトの疾患原因遺伝子として確定されたことにあるのではないかと思う。ただSPRED1Legius症候群の原因遺伝子であることの発見はベルギーのグループとの共同研究であるが、それ以外の、SOCS1のヒトがん抑制遺伝子あるいは遺伝性自己免疫疾患の原因遺伝子としての発見も、X線結晶解析による抑制の分子機構の解明も、全く別のグループの成果である。それでも我々の努力がこれらの発展に寄与したことを評価してもらえたのだと思う。
 「我々の努力」といっても実際には当時、今なら『ブラック』と呼ばれてもしかたないラボ(まあ沼研とか〇〇研とは比較にならないが)で日夜寝食を忘れて実験に頑張ってくれた大学院生、スタッフらのおかげだ。私は発破をかけていただけのような気がする。本当に感謝の言葉が見つからない。また節目節目で多くの先生方、研究者に助けられた。CISのクローニングができたのはDNAXに呼んで下さった宮島先生のおかげだし、SPREDを釣ったライブラリーは横内君が留学したBaron研からもらったものだった。最初の遺伝子欠損マウスは国際医療研究センター研究所(現)の高木先生に教えを請い作ってもらった。Legius症候群の発見は当時大学院生だった谷口君とベルギーのEric Legiusのおかげだ。 


免疫でSOCSのような負の制御因子が重要なのはいわるゆる「免疫寛容」と呼ばれる現象である。「免疫寛容」とは免疫が自分を攻撃したり、過剰に反応してアレルギーになったり、慢性炎症になったりすることがないように制御する現象のことである。もしこれがないと食物に対して抗体ができて我々は食事ができず餓死するし、母体は半分異物である胎児を攻撃してしまい種の継承もできない。免疫寛容はそれくらい大事なものである。SOCS1は免疫を推進するエフェクターT細胞のブレーキ役として免疫寛容に必須な役割を果たすが、さらに「寛容」のもう一つの中心となる細胞、制御性T細胞(Treg)においても機能維持に重要な役割を果たしている。それから派生してTregの発生維持に必要な因子をスクリーニングした結果得られた遺伝子が最近力を入れているNR4aファミリーだ。SOCS1がシグナルの面から「寛容」に関わるのに対してNR4aは転写の面から「寛容」を制御している。「免疫寛容」という免疫の根幹に関わる遺伝子ファミリーに巡り会えたことは極めて幸運だったと思う。


 さらに言えば私は遺伝子ハンティングの時代に間に合ったことも本当に幸運だったのだと思う。一攫千金の時代だった。腕一本だけで勝負できた。しかし当時多くの遺伝子がクローニングされたが、構造からヒト疾患までつながったものはそう多くはない。やはり私は運と仲間に恵まれたのだと今更ながら思い知らされる。
あ、授与式が3月らしいのでそれまではコロナに罹らないようにくれぐれも気をつけたい。

 

 






慶應大学 吉村研究室にて更に多くのニュース記事をよむことができます
http://new2.immunoreg.jp

このニュース記事が掲載されているURL:
http://new2.immunoreg.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=573