慶應医学会での紹介文



微生物免疫学教室 教授

吉村 昭彦 

はじめまして。私は本年4月に慶應義塾大学医学部微生物学免疫学教室に赴任してまいりました。学部学生には細菌学やウイルス学について講義を行いますが、研究は主に免疫学と病態生化学が中心です。サイトカインシグナルの制御とその破綻から生じる炎症性疾患、自己免疫疾患、がんについて“疾患を分子の言葉で理解する”を標榜し、生命現象や疾患を分子レベルから個体レベルまで理解することめざしています。

私は1985年に京都大学理学研究科、生物物理学教室を卒業し学位を得ました。もともと細胞が細胞膜を介して情報のやりとりをする分子機構に興味があり、大学院ではウイルスの細胞内侵入機構の解明に取り組みました。続いて大分医科大学の生化学教室、鹿児島大学医学部腫瘍研究施設において生化学を学び、1989年にアメリカ合衆国MITに留学して分子生物学の手法を学びながらサイトカインのシグナル伝達機構の研究を行いました。幸い1995年夏に久留米大学分子生命科学研究所、遺伝情報研究部門の教授となり自分の研究室を持つことができました。まだ37歳の若造でしたが、若いからこそ無謀な挑戦ができ、そのときに現在も研究を続けているCIS/SOCSファミリーとSpred/Sproutyファミリーを発見することが出来ました。続いて2001年1月に九州大学生体防御医学研究所に転任し、主にノックアウトマウスを使った個体レベルでの病態解明を中心に研究を行いました。さらにこの4月に慶応大学医学部微生物学免疫学教室に異動しましたが、正確にはまだ移動の途中です。昆虫が脱皮するたびに大きくなるように私たちのラボも移転の度に成長しました。今回もそうなるよう頑張りたいと思います。久留米大学、九州大学での12年間は本当に実り多いものでした。大学院生もMDが30名以上、PhDも20名近くが巣だっていきました。私は若い人達が成長し、かつ私自身も刺激をうけ成長できるようなラボをつくりたいと常々思っています。科学は創造の学問であり、学生と私で新しいものを生み出し世に問うていくことが私の仕事です。その過程で学生は成長していくのだと信じています。

研究面ではサイトカインシグナルの調節機構の解明からすすんで免疫学に研究の中心を移しています。学生時代私は免疫学の講義がさっぱり理解できず、免疫学は難解なもの、自分とは縁遠いものと思ってきました。20年後に自分が免疫学の教授になるとは想像だにしませんでした。しかし少しずつ免疫学の面白さがわかってきました。難解な用語や多彩な技術がありますがすぐ慣れます。あなたも免疫学が苦手?大丈夫、私が理解できる程度のことは誰でも理解できます。またアトピーやアレルギーからがんや神経疾患に至るまで、実は免疫学は多くの疾患ときわめて深い関係があるのです。これらの疾患を理解する上で重要なことは免疫の基本原理である自己と非自己の認識(難しく言うと免疫寛容)の仕組みと“記憶”です。どちらもかなりの理解が進んできましたが、まだまだ謎が多く残されています。例えば自己と非自己の区別、というのは教科書に書かれているクローン選択説や胸腺での負の選択がすぐに頭に浮かぶと思いますが、近年この機構をすり抜ける自己反応性のT細胞は多く実際には自己反応性のリンパ球はたくさんいることがわかってきました。しかし生体にはそれが自己を攻撃しないような仕組みが備わっている。そのひとつのメカニズムが抑制性T細胞(Treg)と抑制性サイトカインIL-10とTGFβです。この両者には深い関係がありますが全く同じ機構ではありません。これらがどのようにして免疫系を抑制しているのか、それを解明することが今後の大きな課題であり、我々のめざすゴールのひとつです。さらにそれを理解し、応用することで新たな治療方法を発見したいというのも私たちの目標のひとつです。

九州大学生体防御医学研究所には20名を超える教室員がいました。その移動には大変なエネルギーと莫大な経費がかかりました。実際にはスペースの関係でまだ半分しか移動が完了していません。それでも九州大学から慶應義塾大学に移ってきた理由のひとつはもちろん同僚の先生方からよい影響をうけたいという気持ちからです。慶應大学医学部は我が国の再生医学の拠点として認知されていると思います。再生医学と免疫学も強く関連しているのです。再生が起きる場は必ず組織損傷や障害があり、当然免疫担当細胞が集積しそれから出るサイトカインが正負に再生を制御しています。また免疫細胞もメモリー細胞は幹細胞のように普段はゆっくり再生し、刺激がくると爆発的に再増殖する性質を有しています。しかしその仕組みや人為的な制御方法はほとんど知られていません。せっかくの機会ですのでこのような未開の領域に挑戦し、同時に慶應義塾大学医学部の発展に精一杯貢献したいと思っております。どうか諸先輩がたのご支援、ご指導をよろしくお願いいたします。なお研究の詳細など詳しくはラボのHPをぜひご参照ください。


 


塾内広報誌原稿


免疫学に残されたフロンティア



免疫学は多くの先達らによって開拓され続け、現在ではきわめて成熟した学問です。難解と思われることの多い学問ですがアレルギーからがんや神経疾患に至るまで、実は免疫は多くの疾患ときわめて深い関係があります。これらの疾患の多くは免疫の基本原理である自己と非自己の認識(難しく言うと免疫寛容)と“記憶”の破綻から生じます。ごく最近、抑制性の細胞やシグナルが発見され免疫寛容の仕組みの理解は格段に進みました。私もこれまで免疫抑制機構の解明に取り組み、代表的な抑制シグナルを発見しました。最後に残されたフロンティアは“免疫記憶”の分子レベルでの理解です。私自身最後の挑戦のつもりで取り組んでいます。