トップ  >  福岡養基会への寄稿(高校生への講演)

 創立100周年記念講演会に寄せて


  9月26日、母校三養基高等学会の創立100周年記念式典の記念講演会に講師として呼んでいただきました。錚々たる卒業生が多数おられる中で100周年という極めて重要な節目の記念講演をお引き受けするのは僭越の極みであり、かなり勇気がいることでした。また普段、大学生相手の講義や専門家の講演会では話し慣れているとは言え、高校生に何を話すべきか散々悩まされることになりました。実際に夢に出てくることもありました。


  記念行事の講演会といえば、在学中の涙ぐましい、あるいは感動のエピソードを紹介するとか、スティーブ・ジョブスのスピーチのような心に残る人生訓を話すべきなのでしょう。しかし卒業したのはもう40年以上前のことで、かなり記憶は曖昧かつ美化されています。私が在学している頃は純朴を絵にかいたような学校だったと思います。私自身は本を読むか、勉強することしかなかったこれも極めて特色に乏しい3年間だったように思います。また人生訓を垂れるほどの人格は全く持ちあわせていません。


  散々考えた挙句、やはりここは専門の免疫学の講義を、今皆関心があるに違いないコロナにひっかけて話すしかないと結論しました。ノーベル賞受賞者山中伸弥先生の「ファクターX」はNHKの番組でも取り上げられたので皆知っているかと思います。新型コロナは日本(実際は東南アジア)では感染者も死亡率も欧米に比べると極端に低く、この重症化しにくい原因を山中先生は「ファクターX」と名付けられました。BCG説や日本人の清潔好き説など様々な説が出されていますが、今の所まだ解答はありません。ただ有力候補のひとつとして「免疫交差説」が注目されています。これは新型コロナに似た普通の風邪コロナのウイルスに多くの人が感染していて、その人たちが持っている免疫は新型コロナに対してもある程度防御効果がある、というものです。実際に、普通の風邪の半分は風邪コロナによるという話もあるくらい、ほとんどのひとが風邪コロナに感染した経験があり抗体を持っているのです。


 この交差免疫の原理を説明しようとすると、抗体や獲得免疫など免疫の基礎もやや詳しく解説しなければなりません。日本人として初めてノーベル医学生理学賞を受賞した利根川進博士の業績にも触れることができます。ただそれだけでは文系には受けないかもしれない。そこで免疫の話を引き出すのにおそらく誰もが知っているであろう二人の偉人、野口英世と北里柴三郎の話を盛り込むことにしました(千円札の顔ですから)。彼らには興味深いエピソードに事欠きませんし、なによりも苦学してそれぞれアメリカ、ドイツに留学し挑戦し成功した(野口は後に否定された仕事が多いのですが)ことは若い人たちにも夢を与えられるのではないかと考えました。研究にとって重要なのは未知の事象や困難に挑戦する勇気です。ただやっぱり明治時代の偉人の話では身近に感じられないかと思い、私自身の留学時代の話も最後の10分ほど入れることにしました。そうなると「てんこ盛り」となりとても60分では終わらない。そこで録画して練習を行い、最後は同僚の息子さんの高校1年生に録画を見てもらって「面白かった」「よくわかった」との言質を得て自信を深めました。もしご興味があるかたは、yoshimura@keio.jpにメールいただければ練習用の講演録画が見れるURLをおしらせします。(ただしインターネット環境がないと見れません。)

  しかし練習と実際はやはりかなり違っていました。講演が始まると流石に600名の生徒らの視線というか圧力は強烈で、いつになく舞い上がってしまいました。予定より10分もオーバーしたのに言いたいことを十分言えませんでした。ひとつだけ強調したかったことは、福沢諭吉が言った「科学を学んで自分の頭で考えて判断しよう」ということです。現在、多くの大学が門を閉ざしており、大学生はサークル活動もできず本当につらい思いをしています。これは大学の偉い人たちが批判を恐れ「事なかれ主義」に陥っているせいだろうと思います。ウイルスや免疫をしっかり理解すればもっと若い人たちがのびのびと暮らし勉強できる方策があると思います。一方で、前日の校長先生らとの会談で佐賀県は死亡者ゼロであり、高校もほぼ正常に動いていることを知りました。これは先生方や県の関係者の方々のSNSなどの風評被害に負けない英断の結果でしょう。合理的な考え方で本当に立派だと思います。


   話すのに手一杯でなかなか生徒のほうを見ることができず、生徒の表情からは解ったのか、面白かったのか読み取ることができませんでした。100周年記念に相応しかったか自信は全くありません。それでも教育は「ロウソクに火を灯す作業」と言われます。ひとりでも講演のどこかの箇所に興味を持ってくれて、自分でも調べてみよう、勉強してみようと思ってくれたらそれで成功だったのではないかと思うことにいたします。

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