トップ  >  CIS/SOCSファミリーの発見(2011-1-31 )
サイトカインのシグナル伝達機構の解明をめざして
私は1991年12月のクリスマスの日に2年3か月間のアメリカ合衆国MITでの留学を終え鹿児島に帰国した。当時はサイトカイン受容体のクローニングがほぼ終了し、そのシグナル伝達機構の解明が次の大きな焦点となっていた。私も留学中にエリスロポエチン受容体に未知のチロシンリン酸化タンパク質pp130が会合していることを発見し、この分子を同定したいと考えていた(1)(当教室HP;『吉村教授のJAK発見しそこないの物語』参照)。しかし自分には分子生物学的な素養がなく発現クローニングをめざそうにもcDNAライブラリーを作製する技術もなく、そもそも研究費が全くなかった。徒手空拳の日々を過ごしていたが、幸運にもDNAX研究所(米国カルフォニア、パロアルト)の宮島篤先生(現東大分生研)と知り合うことができ、1993年夏の2ヶ月だけ訪問研究者として受け入れてもらうことになった。宮島先生はインターロイキン3(IL-3)受容体やIL-4受容体をはじめ数多くのクローニングで名を馳せ、この世界ではトップランナーである。ここなら何か得られそうな気がした。わずか2か月であるが希望に胸を膨らませた。
ところが1992年6月にインターフェロンのシグナル伝達にJAK型チロシンキナーゼTyk2が関与するというG.Starkらの歴史的な論文がCell誌に発表された(2)。この論文はサイトカインの世界では金字塔とされる論文である。さらに衝撃的だったのは同じ号にインターフェロンのシグナルを伝える転写因子STAT1/2の精製とクローニングの報告が掲載されていたことだった (3)。インターフェロンのシグナルは受容体-JAK(Tyk2)-STATと大枠が解明された。しかしpp130はTyk2ではないようだった。インターフェロンとサイトカインは違うかもしれない。だが追い打ちをかけるように1993年6月号のCellにIhleらのグループによって、Tyk2の仲間のJAK2がエリスロポエチン受容体や成長ホルモンに会合することが報告された(4,5)。受容体がクローニングされてからわずか4年でシグナル伝達の大筋が解明されてしまった。パロアルトへの出発を待たずに私の計画は頓挫してしまった。
写真はDNAX研究所前にて
標的遺伝子のクローニング
しかし文科省の補助金をもらったのでやめるわけにもいかない。STATの仲間も次々とクローニングされつつあり今更その競争に入って行っても勝てるはずもない。そこで宮島先生と相談して、冒険をしてみることにした。当時研究者らはJAK、STATと受容体からその下流にくだる方向を探すことにばかり躍起になっており、肝心の標的遺伝子に関する情報がほとんどなかった。標的遺伝子の機能も興味深いが、プロモーターを解析することでJAKの下流にある転写因子も同定できると考えた。つまり下流から上流に登る方法をとろうというのだ。細胞をサイトカインで刺激し、その前後でサブトラクションを行えばそのような遺伝子がとれるにちがいない。
ちょうどそのころ宮島研では研究員の原さん(現都立臨床研)がライブラリーを使ったサブトラクションの方法を開発し、ほぼプロトコールを完成していた時だった。これは従来のディフェレンシャルスクリーニングと異なり、ライブラリーごと差し引きして、サブトラクテッドライブラリーを作り、さらにそこからランダムにクローンを選んでシークエンスを決めるというものだった。従来のディフェレンシャル・ハイブリダイゼーションなどと比べると非常にシンプルで速く、全行程が2-3週間で済むというしろものだった。2ヶ月しか滞在期間のない私にはうってつけと思われた。しかし開発されたばかりの方法で微妙な差を引き出せるかどうか実は誰も確かめたひとはいなかった。ともかくこれを使ってエリスロポエチンやインターロイキンで共通に誘導される遺伝子をとろうということになった。

サブトラクション法のトライアル
というわけで生まれてはじめてcDNAライブラリーを作製することになった。7月頭にDNAX研究所に到着したものの、RIや安全の講習やらですでに2週間が過ぎていた。簡便とは言っても最終的にサブトラクトされたcDNAを得るには3週間はかかる作業である。はじめての挑戦なので、もし最後に何も得られなかったら、どこでつまずいたかわからないだろう。そこで小さな工夫を加えることにした。私はもともと大雑把で実生活の上ではとても慎重とは言えない性格である。危ない橋も見た目で大丈夫そうなら、いやろくに見もせずエイと渡ってしまう。しかし実験に関してはきわめて慎重で細心の注意を払うように心がけている。これはもちろん先天的なものではなく、さんざん大雑把にやって失敗して来た教訓から学習して培ったものである。今回はポジコンとしてすべてのステップでc-mycの発現をPCRでモニターすることにした。がん遺伝子c-mycは先にすべてのサイトカインで共通に誘導されることが知られていた。PCRなので各ステップで数時間をよけいに使わないといけない。手抜きをしたい欲求を抑えて必ずPCRを行なった。おかげでどのステップもきちんとうまくいっていると確信がもてた。
しかし最初の試行ではライブラリーの作製まではよかったが、サブトラクションのところで失敗した。もとのライブラリーが大量に混入したうえ、極端に小さなDNAしかクローニングベクターに入らなかった。そこで2回目は最後のステップでサブトラクトした後にゲルでサイズセレクション行なうことと、クローニングベクターの薬剤選択マーカーをライブラリーのマーカーと異なるものを用いる工夫を加えた。その結果今度はうまくサブラクトされたcDNAのライブラリーができた。その中にはちゃんとc-mycが濃縮されていた。
次にサブラクトされたcDNAのライブラリーのクローンを片っ端からシークエンスしてデータベースと比較した。今ならマイクロアレイで済ませられることだ。すでにパロアルトに来て6週目に入っていた。だいぶあせってきたが、合計100個のクローンをシークエンスにかけた。およそ半分が既知でのこりは報告のない未知の遺伝子(もしくは断片で登録されていない遺伝子)だった。次々と面白い遺伝子がでてくる。cdk4やRan, Id, IL4受容体、IL3受容体、IL6もあった。こういろいろ出てくると未知のもののなかにも宝がありそうな気がしてくる。さっそくノーザンで発現を確認することにした。しかし時間はもう1週間も残っていなかった。ノーザンによるmRNAの検出もはじめての経験だった。しかしビギナーズラックなのか1回でうまくいった。15個ほどの遺伝子を調べて実際誘導がかかっていたものが3つあった。オンコスタチンM、 p21サイクリンキナーゼ阻害分子、それと未知の遺伝子の断片であった。これらはエリスロポエチンでもインターロイキン3でも誘導された。実際にものがとれただけに、これで大手を振って日本に帰れるとほっとした。

CISの発見
もちろんとれたcDNAは遺伝子の断片であって全長ではない。翻訳領域も含まれていなかった(ゲノム配列が全部解読されたのはそれからだいぶたってからのことである)。何ものかわからないがこの未知の遺伝子にその後の人生を賭けることにした。新規のものがこれしかないのだからこれに賭けざるをえないというのが本当のところだった。鹿児島大学に帰って9月からこの誘導遺伝子の全長をとりはじめた。実はコロニーハイブリもはじめてのことだ。なかなか進まなかったが試行錯誤の末ようやく3キロベースほどの全長cDNAがとれた。もう11月にはいっていた。さっそく塩基配列を決めようとしたが自動シークエンサーもなくDNAXでのすすみかたと比べるとまるで亀の歩のようだった。今では博物館でしか見られないガラス板を使ったサンガー法である。それでも12月の終わりにようやくだいたいのシークエンスがまとまりアミノ酸として読むことができるようになった。クリスマスの夜、私はひとりでラボにいた。当時鹿児島大学はインターネットにつながっていなくてホモロジーサーチをすることなどできなかった。しかしアミノ酸配列をながめていると特徴的な配列があることに気がついた。TrpーTyrーTrp、WYW、、、どこかでみたことがあるなあ。さっそくあらゆる雑誌をひっくりがえしていろいろなモチーフを調べた。フォスファターゼでもない、キナーゼでもない、SH2だ!その後ろにもGTFLVRDとSH2に保存されているモチーフがはっきりと読めた。この時ほど興奮を覚えたことはない。なんて素晴らしいクリスマスプレゼントだろう。すぐに宮島先生にFAXを出した。『誘導遺伝子にSH2ドメインがありました!これで気分よく新年を迎えられます。』と。

Negative-feedbackシステム
この遺伝子、サイトカインによって誘導される遺伝子ということでCIS(cytokine-inducible SH2 protein)と名付けた。はじめは誘導遺伝子、SH2ということで十分価値があると考えて早速論文にして投稿したのだが、機能のわからない遺伝子は載せられないとリジェクトされてしまった。ここは腹をくくって細胞に強制発現させて機能を調べることにした。その結果CISはSH2ドメインを介してエリスロポエチン受容体やIL-3受容体に結合してSTAT5の活性化を抑制し、細胞増殖も遅くなることがわかった。CISはサイトカイン受容体のnegative-feedback調節因子だったのだ(6)。サイトカインシグナルに誘導性のnegative-feedback調節があることはこの時はじめて明らかとなった。

SOCS1の発見
1995年私は久留米大学分子生命科学研究所の教授になった。新規の遺伝子を求めてサブトラクションも続けてはいたのだが、CISのような魅力的な分子は得られなかった。東大から来た岩槻君(現:東京農大)はさんざん苦労してアルブミンのcDNAをつりあげた。柳の下にドジョウは2匹はいるかもしれないが、3匹はいないらしい。せっかく新しいラボをはじめたのだから新しい方法にチャレンジすべき時だなのだ、と思った。今度はSTATではない新しい基質を探そうと考えた。しかし研究費が全然ない。7月に意気揚々として久留米に乗り込んだものの、実験で使うサランラップもティシュペーパーも近所のスーパーのチラシを見て買いに行くというありさまだった。そこでお金のかからない方法として酵母のtwo-hybrid法を選択した。これでJAKやc-kitに結合する分子を探そうというわけだ。その結果得られたのがJAB(今のSOCS1)とSpredである(7,8)。その経緯はHP『駆け抜けた5年半、前編後編』を参照願いたい。SOCS1の配列が得られてはじめてホモロジー検索にかけてCISが出て来た時は、驚くというよりも宿命のようなものを感じて深い感慨を覚えたものだった。
SOCS1は我々の他に2つのグループが独自にクローニングしていた。阪大の岸本、仲先生のグループとオーストラリアのDoug Hiltonのグループである。Dougは実はMITの留学先でかつて同じラボのポスドク仲間だった人物である。これにも運命的なものを感ぜずにはいられなかった。3つのグループの論文はさんざん苦労したもののNatureにback-to-backで掲載されてその後それぞれ1000回以上引用されている。

どうしたら幸運の女神が微笑んでくれるのか?
こうしてみると今更ながら、私がCIS/SOCSファミリーを発見できたのは特に頭がよかったとか洞察力が鋭かったというわけではなく、単に幸運だっただけだ、ということに気がつく。方法はサブトラクションやtwo-hybridと全然目新しいものではなかった。しかし、慣れきった方法に頼らずにブレークスルーを求めて(研究費がなかったという情けない理由も含めて)自分の中では全く新しい方法論にチャレンジしたことが幸運を呼んだのだと思う。
私の愛読書に酒井邦嘉著“科学者という仕事”(中央公論)という本がある。研究者をめざす若いひとにはぜひ読んで欲しい一冊である。このなかで酒井氏は
研究者をめざすひとは『何を研究するか』が一番大切とだと思うかもしれないが、その前に『どのように研究するか』という問題意識のほうがより重要だ。『何を研究するか』のみ重視すると新しい発想や異分野からの知見を取り入れることに二の足を踏むことになりかねない。
と述べている(9)。
私も同感で、優れた発見ができるかどうかは、たまたまそばを通り過ぎようとする偶然を捕まえて現実にできるか、という論理を越えたところに依存する。偶然を成果としてものにできる確率はそう多くない。とすれば偶然に出くわす機会を増やさなければならない。我々凡人は意識して新しい方法論にチャレンジすることでその機会を増やすことができる。しかもビギナーズラックが必ずついてくる。それは初めての試みなので挑戦するほうも緊張感があるし、得られた結果から何か得たいという貪欲さがあるからだろう。偶然を形にする、すなわち幸運(サイエンス)の女神が微笑んでくれるためには新たな方法論へのチャレンジを忘れてはいけない、ということだと思う。

文献
(1) Yoshimura A, Lodish HF.  In vitro phosphorylation of the erythropoietin receptor and an associated protein, pp130. Mol Cell Biol. 1992 Feb;12(2):706-15.
(2) Velazquez L, Fellous M, Stark GR, Pellegrini S. A protein tyrosine kinase in the interferon alpha/beta signaling pathway. Cell. 1992 Jul 24;70(2):313-22.
(3) Fu XY. A transcription factor with SH2 and SH3 domains is directly activated by an interferon alpha-induced cytoplasmic protein tyrosine kinase(s). Cell. 1992 Jul 24;70(2):323-35.
(4)Argetsinger LS, Campbell GS, Yang X, Witthuhn BA, Silvennoinen O, Ihle JN, Carter-Su C. Identification of JAK2 as a growth hormone receptor-associated tyrosine kinase. Cell. 1993 Jul 30;74(2):237-44.
 (5) Witthuhn BA, Quelle FW, Silvennoinen O, Yi T, Tang B, Miura O, Ihle JN. JAK2 associates with the erythropoietin receptor and is tyrosine phosphorylated and activated following stimulation with erythropoietin. Cell. 1993 Jul 30;74(2):227-36.
(6) Yoshimura A, Ohkubo T, Kiguchi T, Jenkins NA, Gilbert DJ, Copeland NG, Hara T, Miyajima A. A novel cytokine-inducible gene CIS encodes an SH2-containing protein that binds to tyrosine-phosphorylated interleukin 3 and erythropoietin receptors. EMBO J. 1995 Jun 15;14(12):2816-26
(7) Endo TA, Masuhara M, Yokouchi M, Suzuki R, Sakamoto H, Mitsui K, Matsumoto A, Tanimura S, Ohtsubo M, Misawa H, Miyazaki T, Leonor N, Taniguchi T, Fujita T, Kanakura Y, Komiya S, Yoshimura A. A new protein containing an SH2 domain that inhibits JAK kinases.  Nature. 1997 Jun 26;387(6636):921-4.
(8) Wakioka T, Sasaki A, Kato R, Shouda T, Matsumoto A, Miyoshi K, Tsuneoka M, Komiya S, Baron R, Yoshimura A. Spred is a Sprouty-related suppressor of Ras signalling. Nature. 2001 Aug 9;412(6847):647-51.
(9)  酒井邦嘉 “科学者という仕事”(中央公論)2006 p45

  

プリンタ用画面
友達に伝える
投票数:36 平均点:10.00
前
JAK発見しそこないの物語(2013-9-22)
カテゴリートップ
TOP
次
ボストン留学の思いで(1992年頃)