実験の3原則とは
positive control
negative control
experimental value
の3つである。『これを忠実に守ればそれだけで普通の研究者にはなれる』というありがたい原則だ。逆に言えば簡単なようでこれを実行することは非常に難しいということであり、また守れなければ(実験系の)研究者に向かないということだろう。
何も私が言い出した言葉ではない。東大生化を出られてアメリカペンシルバニア大学で今でもラボを構えておられるKaji Akira 先生(リンク先参照)(すでにリタイアされている?)のお言葉だ。私はKaji教授に直接お会いしたことはない。30年前にMITに留学した際に同じラボに日系2世のEugene Kaji(今は循環器の医者らしい)という大学院生がいた。彼がKaji教授の息子さんで少し日本語が出来たのだが、そのEugene Kajiが"Dadがいつも言っていた”と教えてくれたものである。私はそれまで特に生化学や分子生物学の教育をしっかり受けて来たわけではなく、暗中模索、我流で実験を行ってきて、いつも兄弟子たちや論文の査読者にボロクソに言われ泣かされるのを繰り返して、なんとなく『実験の作法』のようなものを身につけて来たのだったが、そんな作法を端的に見事に言い表している言葉だったのですぐに座右の銘にすることにした。
実験研究は実習と違って答えがわかっているわけではなく暗闇の中をゴールをめざして歩いて行くようなものだ。そのときにせめて足下を照らすライトが欲しい。実験の3原則の1と2(ポジコン,ネガコン)は先の一歩か二歩を照らしてくれるライトで、これがあればいつかはゴールに辿りつける。これがなければおそらくいつまでも暗闇の中を彷徨うだけだろう。そんなに大事なものである。
本来は修士くらいの実験の経験であれば指導教官に怒られつつ自然に身に付くものだ。例えばELISAでもタンパク定量でもstandardカーブを書く。それ自体がポジコン,ネガコンにもなっている。cDNAのサブクローニングではinsertなし、fragmentだけ、場合によってはself-ligationしたものを加える。サブクローニングのように行程が多い作業は失敗するとどこが悪かったのか見極めることが難しい。ポジコン,ネガコンを置くことで上手くいかなたった時に、どのステップに問題があるかがつかめトラブルシューテングが極めて容易になる。しかし複雑な組み合わせでサンプル数も多いとつい面倒になりエイとやってしまう。実験そのものがうまくいかなかったり、得られた結果が予想と反した場合、コントロールがないとその結果の解釈が難しく一からやり直しというはめになる。
またコントロールはデータの信頼性を増し、人を納得させるためにも必ず必要だ。例えばあるcDNAを細胞にトランスフェクションした結果、内因性の遺伝子発現が80%下がった、というのをコントロールもなしに堂々と言うと『いままで何を教わってきたんだ』と言われることになる(GFPなどで遺伝子導入効率は常にモニターしないといけない。論文でも遺伝子導入効率を確かめず結果を出しているいいかげんなのもあるがそういうのは信用できない)。コントロールは個々のアッセイにも必要だし実験全体にも必要なのでとかく数が増える。慣れてくるとだんだん手を抜きたくなるのもわかるがそこを我慢してコントロールをいれることでデータの説得力がぐんと増すし、論文にもそのまま使える。コントロールを計画的にちゃんととれる人は論文用にもう一度やり直す必要がないので実験のスピードが速い。たんぱくの精製や遺伝子のクローニングのような一見”採れたもの勝ち”の実験でもコントロールを常にとることで実験のスピードが増す。またまた手前味噌で恐縮だが一例をあげると、昔私がサブトラクションをやったときはc-mycというポジコンを入れることでわずか2回の施行でCISをクローニングできた。
experimental valueは若干難しい。その分野で今何が問題になっているのか?今後どのような方向性が求められるかなど動向を知っていないといけないからだ。しかし初学者の場合はそこまで遠くを見なくてもよい。この実験が何の仮説を検証するためのものか、どういう見通しを得るためのものか、今追っている仮説を調べるためにどうしてこの実験が必要なのか?くらいは知っておく必要がある。先生は実験の指示はするがなぜこの実験が必要で、何のためにやるのか敢えて言わないことがある。それは自分で調べて理解しておくことだ。そいう訓練をすることで「研究者」になっていく。
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