トップ  >  普通の人間には世界は変えられない?(2014-4-13)

  Think Different-クレイジーな人たちがいる。反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。四角い穴に丸い杭を打ち込むように、物事をまるで違う目で見る人たち。彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定し ない。彼らの言葉に心をうたれる人がいる。反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。しかし彼らを無視することは誰にもできない。なぜなら、彼らは物事を変えたからだ 。彼らは人間を前進させた。彼らはクレイジーと言われるが、私たちは天才だと思う。自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから。

では天才でもなく、自分が世界を変えられると思っている訳でもなく、頭も悪くてごく普通の私のような凡庸な人間は世界を変えられないのだろうか?実験医学で『クリエイティブな研究者に聞く』なんて企画にかり出されたが私など全くクリエティブとは縁の遠い研究者である。それでも世界を変える、とまでいかなくても後世に残るような研究成果を出すことはできないのだろうか?できないと言われたら私のような本当の凡人は何を目標に生きて行けばよいのか?これが私のこの稿を書こうと思ったきっかけである。 

以前科学に必要なものは?という原稿で次のように述べた。まとめると

“科学は想像力”。創造ではない。創造とは結果であって方法ではない。ライムライトの有名なフレーズを真似て“科学で必要なものは、勇気と想像力と、ほんの少しの研究費”と言っている。
若くてこれから科学に挑戦しようという人たちに高額な研究費は有害である。キュリー夫人のラジウムの発見は自前の掘建て小屋で行なわれたしインスリンの発見はバンチングが余った犬をもらい受けて行なったものだった。もし彼らに億単位の研究費をあげたら逆に発見には結びつかなかっただろう。

勇気は絶対的に重要で、科学者は今まで未解明のことに挑戦するのだから当然である。ことに多くのひとが挑んでうまく行っていないことに挑戦する場合は新しいアイデアを実行に移す勇気が必要である。

ではそのアイデアを生み出す原動力は何か?それこそが想像力である。イマジネーション。歴史をながめて画期的なアイデアというのをいくつかみていると、アイデアというのは決して無から生まれるのではなく、複数の一見関連がなさそうな事象が組み合わさって生まれることが多い。例えばインスリンの発見では(1)膵臓をしばると血糖値が上がるので血糖値を下げる何らかの物質が膵臓からでている、ということは知られていた。当時の人々はこれを純化しようとして全くうまくいってなかった。ところがバンチングは(2)膵臓からはかなりの蛋白質分解酵素が分泌される(消化器なのだから当然)、という論文をみてもしかしたら血糖値を下げる物質は分解酵素で壊されるのではないかと考えた。さらに(3)膵臓を長期間縛ると分解酵素が出なくなる、という論文をみつけて、では長期間縛った膵臓をソースにすれば血糖値を下げる物質を純化できるだろう、と考えた。(1)のことばかり考えている生理学者には(2)(3)の生化学の知識がなく思い至らなかった。つまり問題を解くヒントは問題の領域とは別のところにある。ふたつの異なった知識を結びつけられるのは豊かな想像力ということになる。私のいう想像力とは論理を越えて2つ以上の複数の事象を直感的に結びつけて問題解決のアイデアとする能力、洞察力である。これはおそらくサイエンスに限ったことではなく人生の様々なシーンで重要であろう。

では"
勇気と想像力と、ほんの少しの研究費”で必ず優れた成果を出せるのであろうか?さらに考察をしていきたい。。。

といいつつこれ以上のアイデアが浮かばずそのままになっている。

プリンタ用画面
友達に伝える
投票数:21 平均点:10.00
前
問題解決のプロセス(2009-3-17)
カテゴリートップ
TOP
次
ちょっとよい話 (2007-9-24)