トップ  >  ちょっとよい話 (2007-9-24)

 ある高校の数学の先生の話。

話は10年以上前にさかのぼります。教員採用試験に失敗しなかば夢をあきらめた私はある会社の就職試験を受け内定を得ました。10月に内定者が集まる機会がありました。頭の中ではもう切り替えが出来ているはずの私でしたがその日が近づくにつれて、何故か心がすっきりせずに自問する自分がいました。“長年見続けてきた教師への夢をそんなに簡単にあきらめてよいのか?”“高校の教師になって数学が苦手な子の手助けをするじゃなかったのか…”

悩んだ末もう一度だけ夢に挑戦しようと思いました。内定をもらった会社に出向きすべてを正直に話しました。ものすごい剣幕で怒られることを覚悟していたところ、配属されるはずだった部署の責任者のかたの一言。

“ぜひ夢をかなえてください”

この一言にはまいりました。帰りの新幹線のなかで涙がとまらなかったことを覚えています。わたくしはこれまでこの言葉を支えとして生きてきました。。。。

竹内英人“なぜ数学を学ぶのか”(岩波ジュニア新書)

本当のことを言えば人事担当者ならばそんな中途半端な気持ちで来られるよりは好きなほうに挑戦してほしいというのも本音である。私にも同様の経験がある。ある若者が大学のポストを受諾したのに数日後やはり海外のPIに挑戦したいと言って断りの電話をかけてきたことがあった。さすがにこちらもいろいろな手続きが進んでいたのであっさりとは認められずかなり慰留に努めたがやはり本人の意思が堅いとわかると、ひとしきり社会のルールを説いた上で

“それならしかたない、頑張ってアメリカで独立しなさい”

と言わざるを得なかった。

多方面に迷惑をかけないためには決断する前によく考えて後もどりしなくていいようにすべきなことはもちろんである。それが社会のルールだ。しかしマリィッジブルーと同じく、次第に今の決断は自分をごまかしている、自分が進むべき本当の道は違うところにある、と思うようになることは決して少なくない。そんなときは遠慮はしなくていい。若い時には、時にはひとの迷惑よりも自分を優先することはあっていい。周囲の大人は”少々の混乱や迷惑は自分がなんとか吸収してやる”というのが大人としての役目なんだと思う。でもそうやって我がままを通したら必ず恩義を感じて頑張らないといけない。そうでないとただの我がまま坊主で終わってしまう。我がままは2度は通らないということ。

夢はあきらめてはいけない。あきらめる必要はどこにもない。

でもその前に君はかなりのものを犠牲にできるだけの夢を持っているだろうか?

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東京での研究会に出席した。製薬会社のMRさんが同行してくれた。彼は私と同じ大学の薬学部の出身だという。学部は違うが母校が同じということで親近感を持っていろいろ聞いてみた。在学中にお父さんがなくなって経済的に苦しく修士にも行かずに学部卒でその会社に入ったという。私は同じような状況でありながら就職もせず大学院まで行って5年も長く学生をしたので少し恥ずかしくなった。そのうち本社に呼ばれるのではないのか、と聞くと彼は将来は海外の部署で世界中の薬の情報を集めて開発につなげるようなポストにつきたいとずっと思っていてもうすこしで実現しそうだと顔を輝かせて答えた。やっぱり夢を持つのはいいことだ。こちらまでさわやかな気分になった。夢を実現するには主体的でなければならない。他人任せでは絶対に実現しない。夢をもつことだけでももちろん素晴らしいことだが、その実現に向かって努力しているひと、特に若い人はもっと輝いているように思える

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このページに勝手に竹内先生の本から引用したら当の先生からメールが来た。著作権違反をとがめられるかと思いきや暖かいメッセージだった。先生は現在愛知の大学で数学教育を教えているそうだ。

”将来、中高の数学の教員を目指す学生を前に、自分が同じ立場であった頃を思い出しながら、初心に戻って楽しく勤めております。

ジュニア新書を読んだ知り合いには「あれだけ成りたかった高校教員をやめたの?」なんて言われることもありますが、先生がエッセーの中にも仰っていたように自分の生き方だけは後悔したくないので、せっかくのご縁を頂いたので前に進むことにしました。

縁とは不思議なもので、ジュニア新書に書いた、内定をお断りした会社と今では新たなご縁を頂いて仕事をさせていただいています。これからも、「夢を思い続ける」、「縁は大事にする」ことは私自身の人生で大切にしていきたいと思います。”

 うちのばか息子の数学の成績があがらないと返事をしたらさっそく先生の書かれたテキストを送って下さるという。本当に勝手に引用させていただきながら恐縮はことだ。本当にいい先生なのだろう。そんな先生に教わることができる学生は幸せなのだと思う。

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