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 はじめに
ーーー本稿は『遺伝』という雑誌に(意識の高い)高校生向けに書いたものです。pdfはこちらから

そもそも免疫とは何か?もともとは疫病から免れる、つまり感染症にかかりにくいことを意味している。感染症というのは細菌やウイルス(病原微生物)で起こる病気で、抗生物質とワクチンが現れる前は人類にとってもっとも脅威であった。ヨーロッパでは中世に人口の2/3がペストで亡くなったと言われている。最近でも1918年のスペイン風邪では死者は5000万人とも言われている。第二次世界大戦での死者が3000万人なので疫病の恐ろしさは戦争以上とも言える。実は細菌やウイルスは私たちの身の回りにうじゃうじゃいる。これに対して目には見えないが、免疫は私の身体の中で毎日病原体と戦っているのである。この力を利用したのがワクチンで、有名な天然痘は18世紀まで不治の病として恐れられていたが、1796年にジェンナーがはじめてワクチンを試み、1980年にWHOにより撲滅宣言が出されている。
 一方で身体を守るための免疫システムに異常が起きると様々な疾患に陥ることが明らかにされて来た。花粉症等のアレルギーや膠原病のような自己免疫疾患はもとより、現在ではアルツハイマーやナルコレプシーのような神経疾患、肥満や糖尿病と言った代謝性疾患などほとんどあらゆる疾患に免疫がからんでいることがわかっている。したがって免疫の理解は疾病の理解に欠かせないものである。さらには抗体など免疫の武器は多くの疾病の治療にも役に立っていることからも現代の生命科学を志す若者は免疫学を避けて通れない。
 

 しかし免疫応答は複雑である.通常数日、場合によっては何十年とかかって起こる反応だから複雑で当然かもしれない.出てくる役者も多い.マクロファージやT細胞など細胞種も多種多様,細胞間情報伝達物質であるサイトカインも100種類近く、細胞表面の分子であるCDxxに至っては300以上ある.できることなら触れずにすませたい。しかし,細かい各論は別として大まかなことはきわめて合理的で理解しやすい話である.確かに私が学生のころの免疫学は難解な学問の代名詞であった。私は完全に落ちこぼれた。しかしこの30年で『免疫学』は飛躍的に進歩し,推論の学問から物質を基盤としたきわめて具体性,現実性の高い学問に変化している。免疫学は難しい学問ではなく、面白くかつ有益な学問であることをまず強く訴えたい。そこでこの文章のタイトルは『免疫楽』(ラクでかつ楽しい免疫)となっている。決して誤字ではない。なお文章を読むのが面倒くさいかたは東大の学生が作製した『免疫劇場MEN-EKI BLACK』をご覧になることをお薦めする。

 

免疫の特徴

免疫には大きく分けて自然免疫と獲得免疫がある(図1)。時間的にはまず自然免疫が作動し、続いて獲得免疫が発動する。自然免疫はマクロファージなどが持つセンサーを用いて病原体や異物を認識する。獲得免疫はリンパ球(主にT細胞とB細胞)によって担われており、病原体などを構成する個々の分子を認識する特異的レセプター(抗原受容体)をもつ。獲得免疫と自然免疫の大きな違いは(1)高い特異性、(2)広い多様性、(3)免疫記憶、(4)免疫寛容(自己非自己の区別を行い自分には反応しない)の4つであり、これらは広く『免疫の特性』ともなっている。
 

免疫応答の基礎の基礎

(1)自然免疫
免疫の本来の目的はワクチンで代表されるように微生物感染に対する防御反応である.これがアレルギーや移植の拒否,自己免疫反応と本質的には同じ反応であることが理解されるようになったのは19世紀の中頃からでそんなに遠い話ではない.

 免疫応答には自然免疫と獲得免疫があり,それぞれ図1のような役者(細胞)が関与する.感染や傷害によってまず自然免疫が起動し、数日後、獲得免疫系が活性化される.自然免疫で活躍する細胞は主に好中球,マクロファージ,ナチュラルキラー(NK)細胞などである(図1)。自然免疫細胞は細菌の成分やウイルス核酸を認識する異物センサーを持っている。Toll 様受容体(Toll-like-receptorTLR)やRIG-Iretinoic acidinducible gene-I)ファミリーなどである。これらのセンサーは基本的にはNF-kBという転写因子を活性化して即応性の応答を引き起こす.上記の免疫の4大特性はのうち多様性や免疫記憶は自然免疫の段階では無い。異物センサーは病原体にかなり特異的ではあるが、ネクローシスを起こした細胞や核酸などにも反応するので自己と非自己の区別(特性4の免疫寛容性)も完全ではない。自然免疫細胞は食作用などで殺菌を行うとともに,サイトカインを産生して炎症を促進し,獲得免疫系のリンパ球の活性化,動員を行う(図1)。

(2)獲得免疫
 獲得免疫はT細胞とB細胞が主役であり,通常は侵入した異物にしか反応しない.しかも膨大な種類の細菌やウイルスを見分けることができる。すなわち高い抗原特異性と多様性を持っている(4大特性の1と2)。これはT細胞やB細胞が生まれる過程で、遺伝子再構成によって莫大な数の抗原受容体(TCR T cell receptorBCR: B cell receptorと呼ばれる)が産み出されるからである。異物が侵入するとこのなかから異物の持つ抗原に対して親和性のある抗原受容体をもつリンパ球だけが増殖する(図1中央)。これをクローン選択説と言う。抗原受容体の特異性はこのクローン選択によって担われている。さらにBCRには『親和性成熟』という機構が備わっており、特異性がさらに高まる。B細胞は刺激を受け成熟するとプラズマ細胞と呼ばれる抗体産生細胞に分化する。ここで細胞表面にあったBCRmRNAのスプライシングの変化で分泌性の抗体にかわる。TCRにはこのような分泌型はない。またBCRは細菌表面の分子や可溶性の抗原分子を認識できるのに対して、TCRは抗原提示細胞のMHC(major histocompatibility complex)分子に結合した抗原ペプチドのみを認識する。すなわちT細胞は活性化される際、あるいは標的細胞を攻撃する際には抗原提示細胞と接触しなければならない。なお自己を認識するような抗原受容体をもつリンパ球は遺伝子再構成の際にあらかじめ細胞が死ぬことで排除されており(完璧ではないが)、通常自分のリンパ球は自分を認識できない。これが免疫寛容のメカニズムのひとつである。

 さて異物が侵入するとT細胞やB細胞は自然免疫系の細胞から抗原を受け取り,抗原に特異性のある細胞だけが増える(図1)。T細胞にはヘルパーT細胞と細胞傷害性T細胞(CTLcytotoxic T cell)がいる.CTLMHCのうちクラスIとよばれるMHCを介して活性化され、同じくクラスI-MHCと抗原を発現する細胞(例えばウイルス感染細胞や癌細胞)を直接攻撃し死滅させる(図1の3段目)。クラスI-MHCCTLの目印にもなるわけでほとんどの細胞で発現している。ヘルパーT細胞は免疫の司令塔と言われ,各種サイトカインを放出して,実行部隊であるB細胞,CTL,およびマクロファージなどの自然免疫系の細胞群に活性化の指令を出す(図1)(サイイトカインは図2で示すように各種ある)。このときヘルパーT細胞はクラスII-MHCを介して抗原を提示しているB細胞とマクロファージに特異的に働きかける。CTLへは樹状細胞等を介して間接的にサイトカンを供給して活性化を助ける。よってヘルパーT細胞は司令塔として重要であるが実行部隊はあくまで自然免疫系細胞とCTLB細胞(抗体)である。サイトカインは実行部隊を編成し攻撃命令を下す伝令の役割を果たすと考えるとわかりやすいだろう.

  T細胞とB細胞は抗原刺激でクローン選択性に増殖し、機能を発揮する(この状態をエフェクターと呼ぶ)がエフェクターは抗原の刺激が無くなると死滅してしまう。しかし抗原刺激を受けて増える過程で一部はメモリー細胞となって生存し続ける。これが免疫記憶の実態である。メモリー細胞は次の感染が起きた時には最初の未感作リンパ球よりもずっと迅速に強い応答を引き起こすことができる。したがって2度目の感染は気がつかないうちに終了していることが多い。このため『2度無し』現象と言われており、ワクチンはこの現象を利用したものだ。もちろん記憶には特異性があり、メモリー細胞は初感染の病原体にのみ反応し、別の病原体には応答しない。それは決められた抗原受容体をもつリンパ球のみが増えるという『クローン選択性』がここでも守られているためである。ヒトは常に感染にさらされているのでメモリー細胞がどれくらい長く体内で生存できるのかは難しい問題である。そおらく数年から十数年と言われている。

   

広がる免疫と疾患の関係性
いわゆる炎症とは自然免疫系免疫担当細胞やT細胞が組織に集積して血管拡張(発赤)や血管透過性の亢進を引き起こし,腫脹や疼痛を誘起した状態である。全身性には発熱も起こす.これらの現象には免疫細胞から産生される多くのサイトカインと化学物質が関与する.マクロファージからはIL-1,IL-6,TNFαなどの炎症性サイトカインが放出され炎症反応を開始したり持続させたりする(図1左)。一方ヘルパーT細胞は特徴的なサイトカインを産生することで炎症の性質を決定する.おおまかに3種類のタイプのヘルパーT細胞が知られておりそれぞれ特徴的な炎症を引き起こす。例えばウイルスや細胞内寄生細菌に対抗するTh1はマクロファージや樹状細胞が産生すIL-12というサイトカインによって分化する。Th1はインターフェロンγIFN-γ)を産生しマクロファージを中心とした炎症、いわゆる遅延型過敏性反応を起こしたり、CTLを活性化すことで病原体を排除する(図2 上)。寄生虫感染ではTh2型の炎症が惹起される(図2 中央)。Th2分化にはIL-4が重要である。Th2自身もIL-4を産生してB細胞からのIgEサブクラス抗体の産生を促進させ,IL-5は好酸球を増やす。IgEも好酸球も寄生虫の排除に必要なのだが、無害であるべき花粉症やダニなどに過剰に反応するといわゆる花粉症やアトピー、喘息などのアレルギー(免疫学ではI型アレルギーとよぶ)を引き起こす。Th17は本来大腸菌や黄色ブドウ球菌などの細胞外細菌やカビ等の真菌を排除するためにあった。Th17IL-17を産生して好中球主体の炎症を起こすが、一歩間違うと自己免疫疾患を引き起こし易い(図2 下)。すなわち炎症は病原体の排除に必須の反応であるが,自己に反応したり、通常は反応しなくてよいダニや花粉に反応すると身体に有害な疾患となる.

 これら炎症性疾患に加えて、ここ数年、特に獲得免疫系による自然免疫系の慢性的な活性化が思いがけない病態と深く関係していることが明らかになりつつある.動脈硬化は血管にマクロファージが集積して変性コレステロールなどの脂質を取り込んで泡沫化する現象であるが,脂質の一部がTLRリガンドとして作用する一方,ヘルパーT細胞によってさらに活性化されてマクロファージの集積が促進される.脂肪組織にもマクロファージやT細胞が浸潤してきてサイトカインを放出し肥満や糖尿病の発症に一役買っていることも明らかにされている.さらに,筆者らは脳梗塞における神経細胞変性がT細胞によって促進されることを発見した.またアルツハイマー病も免疫関連遺伝子(例えばMHC)と相関することが知られており、発症機構はよくわからないが免疫が関与することが示唆される。このように炎症はほとんどあらゆる疾患,病態と何らかの関連があると考えられている.


 
免疫応答における正と負の制御
大まかに免疫応答を眺めてきたが,免疫反応はどのように制御され終息するのだろうか? 免疫反応は通常は微生物などの異物の侵入,あるいは損傷した組織(死細胞など)によって開始され,その排除,修復が終了すれば終息に向かう.免疫担当細胞には寿命があるので異物(抗原)からの刺激がなくなれば自然と収まりそうなものである.しかし,実際には細胞の寿命による制御だけではまったく不十分で,積極的な制御系がないと病原体よりも先に自身が死亡するほどの劇症型の全身性の組織破壊に発展する.感染でも菌が全身に広がるとマクロファージから炎症性サイトカインが超過剰量産生されて致死的な敗血症に至ることがある.通常の感染ではそこまで至らないように様々なセーフガードシステムが存在する.I型アレルギーが全身で起きるとアナフェラキシーショックといってこれも致死的な反応を起こす。よくピナーナッツアレルギーでピーナッツを食べて死亡するような話があるがこの例である。したがって免疫制御システムは過剰な炎症やアレルギー反応や自己免疫応答をブロックしている仕組みでもある。さらに免疫系は異物であっても食物,胎児などに対して過剰な免疫応答を起こさない.このような自己やある種の異物に応答しない状態を免疫寛容と呼ぶ(4大特性の4)。先にクローン選択説で自己に反応するリンパ球は排除されると説明したが、それだけでは不完全で自己反応性のリンパ球は少なからず生存している。しかし免疫のセーフガードシステムはそのような自己反応性のリンパ球の活性化を抑える働きもしており、免疫寛容を維持する仕組みでもある。

このようなセーフガードシステムはいくつかのメカニズムによって保証されている.ここでは話を簡単にするためにヘルパーT細胞に限ることにする.まず細胞レベルで言えば,免疫応答を推進する正の細胞(アクセル)がエフェクターT細胞で,負に抑える(ブレーキ)細胞が制御性T細胞(Treg)である(図3−1).Tregは現大阪大学教授の坂口志文先生が発見されたものでノーベル賞の候補と言われているTregを増やすことでアレルギーを治療できるのではないかと期待されている。20154/5NHKスペシャル『新アレルギー治療〜鍵を握る免疫細胞』でも紹介されている。

 さらに,正負のバランスはサイトカインなどの液性因子によっても担保される(図3−2).多くの炎症性サイトカインはエフェクターT細胞やそれによって活性化されたCTLやマクロファージから分泌される.一方,TGF-βIL-10といった抗炎症性サイトカインは大まかに言ってTregから分泌され、エフェクターT細胞やマクロファージの活性化を抑制する.副腎皮質ホルモン(いわゆるステロイド)やレチノイン酸も強い抗炎症作用がある。このように免疫応答の正負は細胞レベルおよび液性因子のレベルで精密に制御されている.

  さらにひとつの細胞内のシグナル伝達でも正のアクセルと負のブレーキが拮抗している(図3−3)。T細胞のアクセルは実は3つあってTCR,CD28(副刺激)、そしてサイトカインのシグナルである。PD1,CTLA4, SOCS1といった分子はそれぞれのアクセルに対してブレーキの役割を果たしている。TCRは細胞内チロシンキナーゼ経路を駆動するがPD1はチロシンフォスファターゼをTCR付近にリクルートすることでキナーゼのカスケードを負に制御する。CTLA4CD28のリガンドと拮抗することでCD28が活性化されることを妨害する。サイトカインの多くはJAKと呼ばれるチロシンキナーゼを活性化するがSOCS1JAKに結合して阻害たんぱく質として作用する。もしこれらのブレーキ分子がなくなると、当然免疫アクセルが強くなりすぎて自己免疫様の症状を呈する。しかしこれらのブレーキをはずすことが新しいがん治療につながることが近年明らかにされた。
抗体療法ー現代免疫学の金字塔』に続く

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