現代免疫学の金字塔:抗体療法
(1) 抗サイトカイン療法による自己免疫疾患の治療
繰り返しになるが,免疫系におけるサイトカインとは免疫担当細胞同士,あるいは免疫担当細胞と周辺細胞とのコミュニケーションを司る可溶性分子である.サイトカインが次々と発見されるとサイトカインそのものが治療に使えるのではないかと期待された。実際に赤血球をつくるエリスロポエチンや白血球をつくるG-CSF、抗ウイルス作用をもつインターフェロンは治療薬として臨床で使われている。しかしその他のサイトカインは炎症作用が強い等の理由で薬にはならなかった。だが炎症が長引くことで起こる疾患には逆に炎症性サイトカインを抑えれば治療効果が得られるのではないかと考えられた。
関節リウマチは間接に対する自己反応性T細胞が慢性的に活性化されか結果、マクロファージなどの炎症細胞が間接内に浸潤し、炎症性サイトカインを介して骨を包む滑膜細胞を刺激する。その結果、滑膜細胞は過増殖を起こしたり、RANKLというサイトカインを産生する。RANKLは破骨細胞の過剰な活性化を介して骨破壊を誘導する(図4)。同様にこれらの炎症性サイトカインは炎症性腸疾患や乾癬(皮膚の自己免疫疾患)でも病気の発症や悪化に関与する。ラスカー賞(ノーベル賞の登竜門とも言われる権威ある賞)を受賞したマーク・フェルドマンとラヴィンダー・マイニは1993年に始めて関節リウマチなどの自己免疫疾患に対して抗TNFα抗体が劇的に効果を顕すことを報告した。以降、TNFαの作用を阻害する抗体(インフリキシマブなど)や組み換え体(TNFα受容体と抗体の一部を融合したエタネルセプトなど)は強直性脊椎炎、ぶどう膜炎,炎症性腸疾患などにも効果が示されて実際に臨床に使われている。一方、大阪大学の岸本忠三名誉教授らが発見、開発したIL-6の阻害抗体(トシリズマブ)は間接リウマチに対してTNFα阻害を上回る効果があると言われている(図4)。乾癬に対しては抗IL-17抗体が使用される。単にサイトカインの中和だけではない。B細胞そのものを攻撃し、抗体産生を抑える抗CD20抗体(リツキシマブ)やT細胞の活性化を抑制するアバタセプトも関節リウマチの治療に使われている。サイトカインやその産生細胞を標的とした抗体療法は今や重篤な炎症性疾患の治療に欠かせないものとなっている。
(2) 抗腫瘍免疫によるがん治療:免疫のブレーキをはずせ!
癌に対する『免疫チェックポイント阻害療法』はつい最近はやりだした言葉である。2015年にラスカー賞を受賞したアリソン教授はT細胞免疫のブレーキであるCTLA4を発見した。彼のグループはマウスを使ってCTLA4を中和することでT細胞の活性が強まり、抗腫瘍免疫(癌細胞を異物として攻撃する免疫)が増強されることを示して来た。そして2010年にはヒト型CTLA4モノクローナル抗体(イピリムマブ)が実際にヒトの悪性黒色腫(メラノーマ)に対して強力な効果を示し、約2割の患者で癌が消滅したことが報告された。続いて、もうひとつのブレーキであるPD-L1やその受容体のPD1に対する中和抗体もメラノーマや腎臓がんなどに効果があることが報告された。PD1は京都大学の本庶佑先生らが発見したもので、その抗体は小野薬品が開発したニボルマブである。CTLA4やPD1は免疫のブレーキ(チェックポイント)であることからこのような免疫を抑制するシグナルを抑制する治療法を『チェックポイント阻害療法』と呼ぶようになった。これもNHKで取り上げられるなど大いに脚光を浴びている。
実は『癌の免疫療法』は古くから試みられて来た。腫瘍内のT細胞を増やして体内に戻す方法や、腫瘍抗原のペプチドや樹状細胞で免疫する方法である(図5左)。しかし効く患者もいるが効果のない患者も多く、『癌の免疫療法は効かない』という印象がつい最近まで強かった。これまでは免疫のアクセルばかり強く踏んでいたのであった。しかし免疫ではアクセルを踏めば踏むほどブレーキも強くなる。CTLA4抗体やPD1抗体はブレーキを弱める方法で、まさに逆転の発想だったわけだ(図5右)。イピリムマブやニボルマブの成功は実際に『抗腫瘍免疫は確かに存在して免疫には癌をやっつける能力が備わっている』ことを明確に示し、我々のがん治療に対する認識を一変させたのだった。これまで免疫のことを全く扱ってこなかった製薬企業も数多く参入し競争が激化している。今や少しでも免疫を制御すると思われるあらゆる分子に対して抗体が試されているという。
おわりに
このような抗体療法(組み換え体もあるので広くは生物学的製剤と呼ばれる)はヒト型モノクローナル抗体が利用できるようになってはじめてヒトに応用できるようになったものである。モノクローナル抗体の作製法を開発したケーラーとミルスタインは1984年ノーベル賞を受賞している。しかしこれをヒト型化し、大量産生を可能にするためには高度のバイオテクノロジー技術を必要とした。生物学的製剤はまさに20世紀の生命科学の英知の結晶と言える。21世紀には完全ヒト型抗体化や代価可能な低分子化合物の開発などさらに技術開発が進んでいる。今やスクリーニングはマウスではなく試験管内のファージディスプレイによって超高速化されている。多くの製薬企業やバイオベンチャーがしのぎを削っており、さらに多くの標的を目ざして研究開発が加速している。しかし可能性のある細胞表面の分子あるいは分泌タンパクは限られている。いかに細胞内分子にまで標的を広げられるかが今後の鍵となるだろう。また生物製剤は開発費用も製造コストも莫大であるために世界の医薬品費の1/3を占めると言われている。今後さらに患者数が膨大な癌に対しても生物製剤が普及すれば医療経済は破綻するだろう。しかし21世紀の生命科学はこれらの難題を解決し多くの人々が生命科学の恩恵を受けられる時代が来ることだろう。それには生命科学をめざす君たちの参加が欠かせない。