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Th17の解説(免疫学会ニュースレターより)



「サイトカインの時代ふたたび−Th17をめぐって」



 私は今年度の大阪での免疫学会学術集会のワークショップで“サイトカインとその受容体”のセッションをまかされた。そのなかでTh17を中心に、と銘打ったサブセッションを企画した。当日の400名収容の会場ではあふれんばかりの人だかりで多くのひとが立ち見を余儀なくされた。サイトカインのセッションで立ち見が出るほどの盛況はまったく久しぶりであるり、Th17への関心の高さが伺われた。その熱気の中で多くの興味深い知見が紹介されたのだが、座長として欲を言わせてもらえば、これまでに有力誌に発表されたものをうわまわる内容や新発見がもっと欲しかった。逆に言えば、本邦でのこの分野の研究はまだ緒についたばかり、と言うことだろう。


    2004年、12月札幌での免疫学会学術集会のシンポジウムを私と久保允人氏(RCAI)で企画した際に、米国DNAX研究所のDaniel Cua博士を招聘した。Cua博士はそのときIL-23がEAE(実験的自己免疫性/アレルギー性脳脊髄炎)の発症に必須であり、EAEを発症したマウス由来のT細胞はIFNγ産生が少なくIL-17を大量に分泌することを発表した(Nature,421,744-748,2003)。それまで典型的なTh1モデルと考えられていたEAEであるがその発症/増悪化にはTh1とは異なるIL-17産生T細胞が必要であることが示された。私はCua博士の話をぼんやりと聞いていた。Th1/Th2という考えに支配されていた私にはEAEは特殊な系なのかTh1の亜流なのだろう、くらいにしか思えなかった。その後、IL-23が関節炎や腸炎モデルでも必須であることがわかり, IL-17 producing CD4+ T cells (ThIL-17)という考えが定着しはじめ、2005年11月にTh17という名称がはじめて使われた(Nat Immunol. 6:1069-70, 2005)。


  このときTh17はIFNγやIL-4を抑制した時にIL-23によって誘導されると考えられた。しかしnaive T 細胞にはIL-23受容体は少なくIL-23には直接応答しない。何か別のサイトカインがTh17の誘導に必要だろうと考えられた。そしてついに2006年5月にNature誌に掲載された2つの論文によって、TGFβ+IL-6がTh17初期分化に必須であること、IL-6はTGFβによるFoxp3陽性Tregの誘導を抑制すること、好中球炎症、細胞外細菌の排除に重要であることが明らかにされた (Nature 441: 231-4および 235-8, 2006)。さらに9月号のCell誌にLittmanのグループによって核受容体RORγtがIL-23受容体を誘導するマスター遺伝子であることが示され、IL-23はTh17の生存か増幅に必要なのだろうと考えられるようになった(Cell. 126:1121-33, 2006)。またTh17はIL-27/STAT1で抑制されることも明らかにされた。わずかの期間でここまで詳細にT細胞分化の基本メカニズムが明らかにされたことは驚くばかりで、最近では免疫専門誌でTh17の話題を見かけない号はないほどである。


 


  我々のグループではSOCS3欠損マウスを作成してO'Sheaとの共同研究で、SOCS3欠損によってIL-23やTGFβ+IL-6によってTh17誘導が促進されることを示したものの(Proc Natl Acad Sci USA.;103:8137-42, 2006)、私自身はむしろTh3-TGFβとSTAT3の関係に関心があり、Th17の重要性に気がついたのは2006年春以降であった。なぜ2年前にこの状況を予感できなかったのだろう。さかのぼること1998年に岸本先生らを中心にIL-6ノックアウトマウスは自己免疫性関節炎や脳脊髄炎が発症しないことや、2002年には岩倉先生、中江博士らがIL-17ノックアウトマウスを作製し関節炎にIL-17が重要であることを示していたにも関わらず、である。これらを結ぶイマジネーションが足りなかったと言えばそれまでであるが、Th1/Th2のパラダイムにあまりにも束縛されすぎていたのであろう。よく優れた科学的発見は常識や定説を疑うことから生まれると言われる。Th17の発見はまさにその典型的な例ではないだろうか。


Th17図

 


過ぎたことを悔いてばかりでははじまらない。これから日本独自の展開を期待したい。幸いまだまだ謎は多く、これからさらに新たな免疫制御のメカニズムが見えてくる可能性がある。免疫疾患、特にヒト疾患への関与については次の1年で多くの報告がでてくることだろう。抗IL-6抗体や抗IL-23抗体の効果もそれぞれの研究者の得意な系で検証されるであろう。例えば今学術集会で示されたウイルス感染に対する影響も興味深い対象である。


  しかし特に謎が大きいのはTGFβの作用である。TGFβは言うまでもなく免疫抑制性サイトカインの代表であり誘導性Foxp3陽性Treg(iTreg(Th3と同じ?))を増加させる。しかしTGFβは一方でTh17の産生にも必要である。すなわちTh17とiTregは同じコインの表裏であり非常に深い相互関係があるようだ。ではTGFβがTh17とTregの産生の何に影響しているのか?IL-6は何をしているのか? IFNγやIL-4はどうやって、どの分子に作用してTh17産生を抑制するか? STAT3はTh17誘導を促進するとともにTGFβ産生(Th3誘導)も増強する。この一見矛盾し、複雑にからまった結び目がほどける時にヘルパーT細胞の制御メカニズムが解けるのではないか。またこれまできれいに証明されてきた Th17やiTregの誘導スキームは実は試験管内でのサイトカイン+TCR刺激によって得られたものであることに注意するべきである。樹状細胞など生体内により近いシステムでの解析によってパラダイムが変更される可能性は十分ある。一方、自己免疫疾患の緩解と再燃の問題はいまだ解決されていない難問であるが、これにはTh17とiTregが同じTGFβで誘導されることと関係があるかもしれない。EAEをみていても早く回復する系統と回復が遅い系統がある。もっと多くのサイトカインや遺伝子が病態には関係しているに違いない。Th17の発見は新しいなぞを問いかけ、同時に未解決の問題の解答への糸口を提供してくれるような気がする。

 



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