(1) 大学院生時代 (1981-1985)

インフルエンザウイルスやアデノウイルスの細胞内侵入機構の解析を行い、ウイルスがエンドゾームの酸性環境下で膜融合等により細胞内へ侵入するメカニズムを明らかにした(J.Virol.1981,1984)。

(2) 大分医科大学時代(1985-1987)

低比重リポタンパク(LDL)受容体の構造と機能に関する研究を行った。受容体の糖鎖付加がLDLとの親和性を決定することをはじめて明らかにした。

(3) 鹿児島大学医学部時代(1987-1992)

多剤耐性抗がん剤排出ポンプMDRの構造と機能に関する研究を行い、膜貫通の構造をはじめて証明した。白血病やがん細胞でのMDR発現についても調べ報告している。またチミジン代謝酵素チミジンホスフォリラーゼの精製と機能解析を行い、癌での発現を調べた。遺伝子クローニングを行い血小板由来内皮細胞増殖因子と同一であることを示した(Nature 1992)。

(4) アメリカ留学以降(1989-)

エリスロポエチン受容体の構造と代謝について研究を行い、恒常的活性化型変異を発見した(Nature,1990)。エリスロポエチン受容体が2量体化によって活性化されること(ProNAS,1992)、受容体にチロシンリン酸化タンパクpp130(現在のJAK2)が会合することを証明した(MCB,1992)。1995年にCIS(EMBO J, 1995),

1997年にJAB/SOCS1(Nature,1997)を発見しサイトカインシグナルに負の制御機構があることはじめて明らかにした。またRas-MAP経路の負の制御因子Spred/Sproutyファミリーも発見し生理機能や抑制機構の解明を行なっている(Nature,2001, Nature Neuroscience, 2005, Nature Cell Biology, 2003など)。以後サイトカインシグナルと免疫関連疾患の分子機構について研究を続けている。

 免疫応答に限らず生体反応のほとんどすべては正の反応と負の制御が同時に進行してホメオスタシスを維持している。それが破綻すると自己免疫疾患やアレルギー、敗血症などの疾患につながる。我々はCIS/SOCSファミリーが免疫ホメオスタシス維持の重要な制御分子であるとこを明らかにして来た。例えばSOCS1はTh1誘導や自己免疫疾患、炎症性腸疾患の抑制に必須であるし,自然免疫の制御にもかかわる (例えばCell,1999, Immunity 2003, 2003)。一方、SOCS3はTh2,Th17や抑制性T細胞Th3の分化制御に重要である(Nature Immunol.2006, ProNAS, 2006 J.Exp.Med.2006)。またSOCS3は炎症性サイトカインIL-6と抗炎症性サイトカインIL-10の差を決める重要な因子である(Nature Immunol. 2003)ことを発見した。さらにSOCS3はレプチンシグナルなど広範なサイトカインシグナルを制御することも明らかにしている(Nature Medicine, 2004, Cell Metabolism 2006など)。

 さらに実際のヒトの病態とSOCSの関係も精力的に調べ、我々はSOCS1遺伝子のメチル化が肝癌発症前の肝炎の段階で起こることや、SOCS1欠損マウスは高頻度で大腸がんを発症する(J.Exp.Med.2004,2006)ことから、SOCS1は炎症から発展する発癌を抑える全く新しいタイプの癌抑制遺伝子であることを提唱している。SOCS3もまた肝癌の抑制遺伝子として働くことを示している(Gastroenterology,2006). T細胞においてSOCS3はTh2促進に働き喘息などのアレルギー疾患と関連が深いことを報告している(Nature Medicine, 2003)



今後の抱負  言うまでもなく、サイトカインは免疫系のホメオスタシスの維持に必須の働きをしており、その破綻は多くの疾患に関連する。例えば関節炎リウマチなどの自己免疫疾患や大腸炎などの炎症性疾患の発症や症状の進行には炎症性サイトカインが必須で、ヒトにおいてもモデル動物においてもTNFやIL-6の作用を阻害することでこれらの疾患を抑えることができる。すなわちサイトカインは免疫寛容の破綻と炎症の拡大の両者にかかわる。SOCSの研究を通じてこの免疫寛容の維持機構を解明し実際の免疫関連疾患の発症機序を分子レベル、細胞レベルで解明することが私の目標である。同時にその成果を治療に結びつけたい。特に経口免疫寛容(食べ物に対して免疫は成立しない)に関わるとされるTh3あるいは逆に自己免疫疾患や炎症性疾患にかかわるとされるTh17の分化誘導機構は現在の免疫学の最もホットな研究領域である。特に我々はIL-6やインターフェロンγなどのサイトカインによるTh17とTh3の分化制御機構を精力的に解析しており、SOCS1やSOCS3が重要な鍵を握ることを明らかにしつつある。しかしこれらだけでは説明できない現象も多く、新たな制御因子の検索も行なっている。そのために樹状細胞とT細胞の混合培養によってT細胞分化を可視化しスクリーニングするシステムを開発中である。Sped/Sproutyファミリーもヒト家族性疾患との関連や癌との関係も明らかにされつつある。これらの分子がどのような生理機構を有するか、また疾患とどのように関係するかも重要な課題である。一方数理モデルを用いたTh1分化制御のシミュレーションや経口免疫寛容のメカニズムに基づく新たな炎症性疾患やアレルギー疾患の治療法の開発も行ないたい。これらの研究によって以下の2つの大きな成果が期待できる。

1)学問的には免疫学に残された大きな課題のひとつと言える『免疫寛容の原理』の解明という命題に新しい解答ないし視点を与える。

2)応用面では、T細胞の分化を制御する分子ないし低分子化合物を発見することでアレルギーや自己免疫疾患の治療、あるいは抗腫瘍免疫の増強、移植免疫の緩和が促進される。


これまでの研究からシグナルの負の制御がホメオスターシスの維持に必須であることが鮮明になってきた。いまだ解明されていない負の制御機構は多数ある。例えばIL-10やcAMPによる炎症シグナルの抑制の分子機構は十分理解されていない。これらの分子機構を解明し、関与する分子を同定しさらにその分子群の生理的な意義や疾患との関連を明らかにしたい。同時にその成果を例えば樹状細胞療法などを通じて疾患治療に結びつけたい。

 我々の研究も含めて、近年、炎症は免疫疾患にとどまらず癌、代謝性疾患、老化、神経変成疾患とも関係が深いことが明らかにされつつある。この点を踏まえて、従来免疫系とは距離がおかれていたこれらの疾患を、炎症を中心として考察し直し、新しいモデル動物の作製や、関連する遺伝子の検索を行なっていきたい。