サイトカイン受容体シグナル伝達における負の制御機構の解明
はじめに
免疫反応や炎症反応などは一端反応系が活性化されたのち、適切な時期に終息に向かい恒常性が維持される。また臓器や神経、血管などの器官形成においても生体反応は開始と終息が厳密にプログラムされている。この生体恒常性維持機構が破綻するとアレルギー疾患や自己免疫疾患、あるいは臓器形成異常,癌などの疾患につながる。恒常性が適切に維持されるためには、生体応答を進行させる正のシグナル(アクセル)がフィードバック調節機構などの負のシグナル(ブレーキ)によって適切に抑制される必要がある。例えばサイトカインなどのホルモンは細胞に免疫応答や、器官形成、内分泌応答などの開始と進行に必要なシグナルを発生させるが、同時に多くの調節因子による負のシグナルも入力され、生体応答が適切に進行するようにプログラムされている(図1参照)。
我々の研究グループではシグナル停止に関わる重要な遺伝子として、1997年にCIS/SOCSファミリーを、2001年にSpred/Sproutyファミリーを発見した(1,2,3)。その後さらに研究をすすめ、これらの分子の抑制の分子機構の解明とその破綻による病理や疾患との関係を明らかにしてきたのでその一端を紹介する。
1 CIS/SOCSファミリーとは
サイトカインにはエリスロポエチン(EPO)や顆粒球コロニー刺激因子(GーCSF)などの造血因子、免疫反応や炎症時にリンパ球や単球が分泌するインターフェロン(IFN)やインターロイキン(IL)などが含まれ、造血や免疫、炎症にきわめて重要な役割を果たしている。サイトカイン受容体は細胞内ドメインに会合したJAK(janus kinase) 型チロシンキナーゼを介して細胞内にシグナルを送る。STAT(signal transducer and activator of transcription)はJAKによってりん酸化され2量体化し核へ移行して直接遺伝子の発現を制御する重要な下流分子である。またSHP-2/Gab-1/Grb2などのアダプター分子群を介してRas-MAPキナーゼ系も活性化され、これら2つの経路がサイトカインの主な細胞内シグナル伝達経路と考えられる(図2)。
我々は1995年にCIS(cytokine inducible SH2-protein)を単離し、サイトカインシグナルに負のフィードバック調節機構があることをはじめて示した。その後、1997に3つのグループによりSOCS-1(JAB, SSI-1)が単離され、 さらにデータベースの検索からCIS, SOCS-1と構造的に類似する遺伝子がほかに少なくとも6つ存在することが明らかにされた(図3,4)。このファミリーでは中央のSH2ドメインとC末端約40アミノ酸(SOCS-box)がよく保存されている。CISはSTAT5によって誘導されSTAT5の活性化を阻害することから一種の負のフィードバック調節因子である(1)。SOCS1,SOCS3は強制発現によってJAKを利用するあらゆるサイトカインの作用をほぼ完全に抑制する。SOCS1はそのSH2ドメインを介してJAK2のkinase activation loopに存在するY1007に、またN末端部分のキナーゼ阻害領域(kinase inhibitory region;KIR)でJAKの活性中心に結合することが明かとなった。KIRは疑似基質と考えられる。SOCS3は受容体とJAKと両者と会合することで阻害効果を顕わす。SH2ドメインを介してりん酸化された受容体と会合し、KIRを介してキナーゼ活性を抑制すると考えられる(図4)。
SOCS-boxはデータベースに登録されているいくつかの遺伝子にも認められる。これらはSH2ドメインをもたないが、かわりにアンキリン様リピート、GTP加水分解酵素ドメイン、WDドメインなどの特徴的なドメインを有する。SOCS-boxの一部はユビキチン化に関与するF-boxタンパク群に類似しておりSOCS-boxがユビキチンリガーゼE2分子のリクルートに関与し、N末側のドメインを介して結合する標的分子(SOCS-1の場合はJAK)のユビキン化を促進する。
2. ノックアウトマウスに解析により明らかとなったSOCS1,SOCS3の免疫制御機能
これまでの詳細なノックアウト(KO)マウスの研究から、特にSOCS1とSOCS3の免疫およびホメオスターシス制御機能の大枠が理解された。SOCS1はSTAT1にSOCS3はSTAT3に特異性が高く、互いに制御し合って免疫応および免疫寛容を正と負にする実体が浮かび上がってきている(表1)。
SOCS1欠損マウスは生後3週間以内に全身の炎症によって死亡する。このような炎症はIFNγ欠損の背景とすることで解消することからSOCS1はIFNγの重要な負の制御因子であることが示唆された。さらにSOCS1-/-マウスはIFNγとIL-4と腸内細菌に依存した重篤な大腸炎を(ヒト潰瘍性大腸炎に類似)発症することを見出した。ではどの細胞がこのような炎症に関与するのか?我々はT細胞やマクロファージ、樹状細胞を解析した結果SOCS1がマクロファージにおいてLPSシグナルの負の制御に関わることを示した(Immunity.2002)。またSOCS1欠損樹状細胞は高度に活性化されており、Th1型の炎症性T細胞を生み出し、自己免疫疾患を誘導すことを明らかにした。またT細胞についてもSOCS1がないとTh1に誘導されやすいことも見いだしている。
一方SOCS3はSOCS1とは反対に免疫寛容維持に必須であることを明らかにした。 SOCS3ノックアウトマウスは胎生致死であるために、我々はSOCS3コンデショナルノックアウトマウスを作成した。まずT細胞特異的なSOCS3欠損マウスを作製し、解析したところSOCS3欠損T細胞は抑制性のTh3型ヘルパーT細胞に分化しやすく、Th1,Th2型の炎症反応は抑制されていた。樹状細胞でSOCS3を欠損させるとFoxp3陽性の抑制性T細胞(Treg)を誘導しやすいこと、それがTGFβに依存することも明らかにした。これらの現象は、SOCS3が欠損することでSTAT3が強く活性化されるためにTGFβ産生が亢進することで説明できる。TGFβのプロモーター解析の結果、STAT3はTGFβプロモーターに直接作用し、その産生を促進し、SOCS3がそれを抑制することを明らかにした。
さらにSOCS3は好中球においてはG-CSFのシグナルを負に制御すること、神経細胞においてはレプチンシグナルを負に制御することを見いだしている。
3. SOCS3は IL-6とIL-10を区別する重要な因子である。
我々はSOCS3の重要な生理機能としてIL-6とIL-10の作用を区別する働きがあることを証明した。L-6とIL-10はともにSTAT3を活性化するが片方は炎症性サイトカイン、片方は抗炎症性サイトカインである。どのような仕組みでこの違いが規定されるのかはこれまで明らかではなかった。またIL-6には炎症性作用と抗炎症作用の2面性があることもいくつかの疾患において示唆されていたが、その選択機構も不明であった。我々はこの差がSOCS3に起因することをマクロファージを用いて証明した。エンドトキシン(LPS)などの刺激によってにSOCS3は強力に誘導される。このときIL-6はLPSによる炎症性サイトカインの産生に影響しないが、IL-10は産生を抑制する。しかしこのような差異はSOCS3欠損マクロファージでは見られない。またマクロファージ特異的SOCS3欠損マウスはLPSショックに抵抗性である。これらの現象は以下のように説明される。
STAT3はLPSの炎症性サイトカイン産生を抑制することが知られている。SOCS3はIL-6受容体gp130に結合するがIL-10受容体には結合しない。このためにIL-6によるSTAT3の活性化はSOCS3によって一過性に制限される。しかしIL-10はSOCS3が作用しないために、 STAT3は強く遷延化する。すなわちSTAT3の時間的な活性化量が炎症性と抗炎症性を規定する。IL-10によって長期間活性化したSTAT3はNF-kBやSTAT1を抑制する転写抑制因子として作用する。我々はSOCS3の発現量を調節することで炎症性のIL-6を抗炎症に転換できる可能性を提示した(図5)。この発見によって、長らく謎であったIL-6とIL-10の差異を決定する機構が明らかとなった。つぎの大きな課題はもちろんどういう仕組みでSTAT3が炎症性サイトカインの産生を抑えるか、である。
4.Sprouty/Spredファミリー
サイトカインや増殖因子の多くはMAP kinaseファミリーの一つ、ERK (Extracellular stimulus-activated kinase)を活性化し、様々な細胞反応を惹起する。特に細胞増殖や分化制御に必須である。その活性化は基本的にはRasがRaf (Raf1および B-Raf)を、RafがMEK(MEK1,MEK2)を、MEKがERKをリン酸化するカスケードによって行なわれる(図1)。RasはC末端領域が脂質修飾を受け細胞膜に局在する。RasはGEF (GDP/GTP exchange factor)のひとつであるSOS(son of sevenless)によって活性化(GTP型に変換)され、逆にRasGAP (GTPase activating protein)によって不活性化(GDP型に変換)される。RasGAPは何種類か知られているが神経線維腫症1型(Neurofibromatosis Type 1 ; NF1)の原因タンパク質であるneurofibrominもそのひとつで、この経路の負の制御因子である。SOSはアダプター分子であるGrb2とSH3ドメインを介して恒常的に会合している。チロシンキナーゼ型の増殖因子受容体はSHP2(PTPN11)やGab1などアダプター分子を介してGrb2-SOSを細胞膜にリクルートしてRasをGTP型に変換する。この経路の正および負の制御因子は多数知られているが、Sprouty/Spredファミリーもそのひとつである。
Sprouty/Spredファミリーはショウジョウバエから哺乳類まで保存されたERKシグナルの負の調節因子である(図6)。Sproutyはショウジョウバエの遺伝学的解析によりFGFシグナルを負に調節する分子として1998年に同定された。Spred(Sprouty-related EVH-1 domain containing protein)は我々が2001年にチロシンキナーゼ型の受容体であるc-kit (SCF受容体)に会合するSproutyに似た分子として発見し、Ras/ERK経路の抑制因子として報告した遺伝子である(4,5)。哺乳類ではSproutyは4種類、Spredは3種類のホモログが報告されている(図6)(5)。Spredは細胞膜においてRasと恒常的に会合しており、刺激によるRafの細胞膜へのリクルートは抑制しないが、Rafのリン酸化による活性化を抑制することを我々は報告している(図7)。
我々はこれまでSprouty2,Sprouty4,Spred1, Spred2の欠損マウスの作製を行い、解析を行なってきた。Sprouty2はGDNF(glia-derived growth factor)による消化管神経の成長に、Sprouty4はFGFによる形態形成の制御に重要である。またSpred1欠損マウスの解析から、Spred1が生理的にSCF(stem cell factor)やIL-3, IL-5のシグナルを抑制し、造血系を負に制御することを明らかにした(5)。さらにSpred1/Spred2両欠損マウスではVEGF-C (Vascular Endothelial Growth Facto-C) シグナルの異常によりリンパ管発生異常のために胎仔期に死亡することを見いだしている (6)(表2)。Sprouty/Spredファミリーは発現部位に依存してERK経路を精密に制御していることが明らかになりつつある。しかしヒト疾患との関係はこれまで不明であった。
5. SPRED1は家族性NF1様疾患の原因遺伝子である
2007年、我々はベルギー、フランス、アメリカとの国際共同研究において、カフェオレ斑を持つが、NF1遺伝子に変異を認めない家族性優性遺伝のNF1様疾患家系について第15番染色体上のSPRED1遺伝子の変異を発見した(7)(図8)。ほとんどはナンセンス変異によるC末側欠失変異である。SPRED1に変異を持つ患者は、カフェオレ斑、腋窩の雀卵斑、ヌーナン症候群様顔貌 (眼間開離・眼瞼下垂)、巨頭症、注意欠陥障害・学習障害を示した。見つかった変異型SPRED1はすべて単純な機能欠失であってヒトではSPRED1の発現量が半分に低下するだけでNF1様の症状を起こすことになる。
Spred1ホモ欠損マウスでも顔面の変形、低成長、メラニン色素の異常蓄積などが認められ、ヒトでのSPRED1変異による症状をよく再現している(7)。Spred1ホモ欠損マウスの学習能力は低いことも示唆されている(未発表データ)。またNF1ヘテロ欠損マウスや変異SHP2ノックインマウス (8)と同様にSpred1ホモ欠損マウスは骨髄増殖性疾患を呈する。しかし今回の5家系では3例に固形腫瘍がみられるものの白血病は報告されていない。ヒトで見つかった5家系も症状はまちまちであり、同様にSpred1ホモ欠損マウスの表現型は遺伝的背景に大きく依存する。このことはSPRED1以外の疾患感受性遺伝子の存在を疑わせる。
6. ERKの活性調節と疾患における意義
'neuro-cardio-facial-cutaneous' (NCFC)症候群とは2006年にB. Neelらによって提唱されたRas-Raf-ERK経路の異常によって起こる表現型が重複する先天性遺伝性疾患の総称である(1)。NCFC症候群にはNF1、ヌーナン(Noonan)症候群、LEOPARD症候群、Costello症候群、Cardio-facio-cutaneous(CFC)症候群が含まれる。すべて常染色体優性遺伝形質を示す疾患で、現在わかっている原因遺伝子はすべてRas-Raf-ERK経路の分子(SOS, SHP2, Ras, B-Raf, Raf-1,MEKなどの機能獲得型変異)もしくはその負の制御因子 (neurofibromin (NF1))である(2)。NCFC症候群の原因遺伝子はすべてRas-Raf-ERK経路のコンポーネントもしくはその制御因子である(1)。今回SPRED1の変異がNF1の原因となることが明らかにされたことでこのファミリーが確かにRas-ERK経路の抑制因子であることが確実となった。
しかしこれらの原因遺伝子のヘテロ機能変異によっておこるERKの活性上昇はWesternで検出できるかどうかのきわめて軽微なものであり、かつ増殖因子依存性は十分保たれている(9)。したがってERKは特に発生過程のある時期でかなり厳密な調節を受けており、そのわずかな破綻がNCFC症状に寄与すると考えられる。一方ERK経路の恒常的活性化は癌化に深く寄与することが知られている。実際Rasでは12番目のGlyに点突然変異を起こした恒常的活性化型変異が様々な癌で頻繁に見つかっている。しかし、NCFC症候群で見つかっているRasの変異にはGly12の点突然変異はほとんどない。NCFC症候群での変異によるERKの活性化上昇はきわめて軽微であり、NCFC症候群の遺伝子変異が単独で癌化を引き起こす可能性は低いと考えられる。しかしNCFC症候群で見つかった変異の多くは発癌リスクを上昇させている。成体でもERKの活性がある程度脱制御を受けることで、他の遺伝子変異と組み合わさって発癌に結びつきやすくなると考えられる。我々は肝癌においてSPRED1,2の発現が低下し、ERKの活性化の程度と逆相関することを報告している(31)。
おわりに
我々はサイトカインや増殖因子のシグナルを負に制御する2つ大きなファミリー、CIS/SOCSファミリーとSprouty/Spredファミリーを発見した(図9)。これらの抑制作用の分子機構の解明からスタートし、ノックアウトマウスを用いた生理機能の解明とヒト疾患における意義の解明へと発展しつつある。さらにこれらの情報から炎症性疾患や癌をはじめとするシグナル伝達異常による疾患の治療への糸口が得られることが期待される。実際に我々はSOCS3やSpredの過剰発現により関節炎モデルや癌の移植モデルを抑制できることを示した。(32,33)。今後SOCSやSpredの機能をmimicする、あるいは抑制する低分子化合物の開発をめざしたい。また生体の恒常性はこの2つのファミリー以外にも多くの未知の機構により精密に制御されている。新たな制御機構の発見をめざしてさらなる研究をすすめたい。
謝辞
本研究の多くは久留米大学分子生命科学研究所、九州大学生体防御医学研究所においてなされたものである。研究の糸口を与えていただいた東京大学分子細胞生物学研究所所長、宮島篤先生ほか多数の共同研究者、大学院生、スタッフの皆様に深く感謝いたします。
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