トップ  >  市山君結婚式祝辞(シリーズ第5弾)

 徳島の阿波踊り結婚式


特に阿波踊りはなかったが、手作りの心和む結婚式だった。

OpeningDVDがうまく映写されず、司会の女性がなんとか間を持たせようと引っ張ってくれたが、かなり時間が過ぎてしまい皆おなかがすいてしまった。そこでスピーチはかなりはしょることにした。しかし直前に変えるとろくなことはない。話の順序が混乱してしまい原稿とはずいぶん違ってしまった。以下は用意した原稿。まことに簡単といいながら15分はしゃべったかも?


市山君、陽子さん結婚おめでとうございます。ご両家の皆様本日は誠におめでとうございます。私が御紹介にあずかりました、市山健司君の指導教官をしてまいりました吉村でございます。

市山君と私の付き合いは4年半ほど前に、彼が大学院博士課程の学生として私のもとにやってきたときから始まります。当時は福岡の九州大学でした。そして現在は東京の慶應大学の教室で研究員として激しく研究にいそしんでおります。

激しく、といいますののも、市山君は入学時から大変まじめな学生で、ともかく実験に費やす時間が長い。私もかなり働く方でしたが私以上にラボにいる時間が長いかもしれません。そこでこのスピーチのために何か面白いエピソードはないかと他の学生にも聞いてまわったのですが一向にありません。むしろ縦じわの市山(阪神タイガースの縦縞ではなく眉間の縦じわです)と呼ばれていていつもいつも難しい顔をしている。常に研究のことを考えていて他に娯楽が少ない、そんな印象を皆持っているようです。またついこの間も医学雑誌に彼の仕事を中心に記事を書いたのですが、私は彼の紹介文で迷うことなく趣味は実験と書きました。彼にとってはこれはかなり不満だったようで、先生それはないでしょう、というので、では君の趣味は何か?と聞き返すと返答につまってします。そんな超真面目人間です。ところが今日の彼をみるとどうでしょう。私はいまだかつてこんな終始笑顔の市山君を見たことがありません。おそらくどんなに彼がこの日を待ちに待ったかの現れだろうと思います。どうかこれから先もこの笑顔を絶やさないように、少なくとも家では眉間に縦じまはなしでやっていってもらいたいものです。

しかし市山君はやっぱり実験が三度のメシよりも好きなのだろうと思います。ひょっとすると奥さん以上に実験が好きなのかもしれません。私は単身赴任で夜は1時2時まで研究室に居ることが多いのですが、帰るときにいつも最後まで実験室にいるのは市山君でした。これが実は4月以降も、つまり奥さんが東京に来て同居していても続いている。奥さんは怒り心頭かもしれませんが、そこはぜひ大目にみてください。教授としては全く頭の下がる思いですので、彼にかわって私から奥さんには申し訳ないと謝っておきたいと思います。陽子さん、彼のこのたゆまぬ努力はきっと実を結ぶと信じて下さい。

市山君、ただやはり人間気を抜くことも新しい発想には必要なことです。日曜日には奥さんと過ごす、子供ができたら家族で過ごすことも長い目でみたら人生にも仕事にも絶対にプラスだろうと思います。

少しだけ市山君の仕事の内容についてお話しておきたいと思います。私どもの研究室は微生物学免疫学教室と言いますが、主に免疫学の研究をしています。免疫と言いますと細菌やウイルスに対抗する手段としてワクチンなどがすぐに頭に浮かぶかと思います。ところが我々の身体をまもるはずの免疫が暴走することがあります。それが花粉症のようなアレルギーであったりリウマチのような炎症であったりするわけです。つまり普通は反応してはいけないものに過剰に反応してしまう。市山君の研究はこのようなアレルギーや炎症が起こる仕組みを解明しようとするものです。さらにこの仕組みの解明を通じて新しい治療法の開発にも挑んでいます。すでにいくつもの論文を発表し学会にも呼ばれていまして、若手のなかではホープと期待されています。

市山君は昨年春に学位を取得し今年11月にはアメリカへの留学が決まっています。こうしてよき伴侶を得てまさに順風萬歩、前途洋々たる人生を歩んで行くことになるでしょう。博士と言えば末は博士か大臣かと言われたこともありますように学位を取得することは大変なことですし、次のステップのための重要な一里塚でもあります。私が学位をとったのはもう30年くらい前になりますが田舎の出身でしたので親戚一同集まってお祝いをしてくれたものでした。今でもそれくらいの価値はあると思います。ただ博士号は大臣とは違って研究者としての第一歩にすぎません。市山君の将来はこれからの精進にかかっています。ですけれど、私が見る限りこれまでのようにたゆまない努力を続けて行ければ必ず彼の道は開けるものと信じています。若いので悩むことは多いかと思いますがそこは自分を信じて、また奥さんも私の言葉を信じて、二人三脚で頑張っていけば大丈夫です。


さて結婚に関してましては残念ながら私も一度しか経験がなく、しかもいつも家内に怒られているダメ亭主ですのでたいそうなことは全く申し上げられませんが、ひとつだけ私から新郎新婦に経験談をお話ししたいと思います。

家内にはよく“うちには会話がない”と非難されています。

結婚とは永い会話である。

というのは哲学者のニーチェがワーグナーに送った言葉だそうです。ニーチェはこの後に結婚生活ではほかのことはすべて変化していくが、一緒の時間の大部分は会話である」と続けています。結婚生活の中では夫婦の会話がいかに重要かを表現したものだそうです。 実はお二人はすでに東京で新生活を始められているわけですが、市山君は夕食のためにアパートに帰り、食事の後また研究室に戻ってくるのですが、このとき奥さんも散歩がてらに研究室の近くまでついて来て、2人で語らい合いながら歩いているそうです。なかよく手をつないでいるかどうかは知りませんが、私はこれは大変すばらしいことだと思います。市山君たちはすでにニーチェの言葉を実践している。もちろん私も新婚当初はそうだったように思いますが、いつしか会話はなくなり、話題そのものが見つからないと言う状態に陥っています。会話を続けるのは努力がいります。

ではどうしたらよいか。簡単なことで、いっしょに同じ体験をすればよいのです。映画でも観劇でもいい。結婚は互いに見つめ合うことではなくて、
一緒に同じ方向を見つめることである。なんて言葉もあります。同じ体験をすることで話題が生まれます。私たちが運がよかったと思えるのは、市山君たちと同じように結婚後すぐにアメリカに留学したことです。ボストンに2年、カリフォルニアに短期ですが3ヶ月おりました。かなり永い新婚旅行とも言えます。そこでは言葉の壁がありますので否応なく二人で協力しあわなければなりません。ふたりとも英語ができるほうではなかったので、様々な苦労を体験しました。はじめは買い物すら十分できない状態でしたが、アメリカを去る時は大勢の仲間を呼んでお好み焼きや手巻きズシのパーテイができるまでになりました。また週末は必ず車でどこかに出かけてました。仕事であちこち飛び回れる男と違って女性は遠出する機会が少ないせいでしょうか、女房は実によく覚えていましていまでもテレビなどでボストンの画像が出てくるとなつかしくどこそこへ行ったねと話しかけてきます。私は覚えてなくてもそうだねと適当にあいづちをうつわけです。そうやって少なくともある時期にはともに多くの時間を共有したという再確認ができる。留学は研究のためばかりでなく、夫婦の結びつきを強固にするとともに、尽きることのない話題を提供してくれるはずです。どうか末永く会話のできる夫婦をめざしていただきたいと思います。


まことに簡単ではございますがお祝いの言葉とさせていただきたいと思います。

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