トップ  >  森君結婚披露宴乾杯祝辞(シリーズ第6弾)

 慶應の整形外科からこの3月まで2年間派遣されて来た森智章君の結婚披露宴。東京での披露宴ははじめて。また直接の上司の挨拶ではなく乾杯の音頭もはじめて。ネットで調べると、乾杯の挨拶は1分以内にという。乾杯の挨拶は立って聞くことが多いので長いと座がしらける。なるほど。言いたことはたくさんあったが削りに削ってごく短いものにした。私の挨拶では異例。仲人はなく、主賓の挨拶も新郎,新婦それぞれ1名づつだったし、進行の方が出席者を着席させてくれたのでもっと長くしてもよかったかもしれない。ともかくネットでは注意すべき点として

それではご唱和お願いします、乾杯!

のところが参加者のタイミングがあわずにすべりやすい、と念を押していた。にも関わらず、やはりすべらせてしまった。乾杯と言った後しばらく沈黙があって私は凍り付いた。ご唱和と乾杯の間の間隔が短く声も単調だった。これはいかん。失敗だったと思ったが普通に何もなかったように席に戻る。だがこれは司会進行が宴会係にも責任があるかもしれない。サクラというかスタッフはスピーチにあわせて乾杯と大声で言って欲しいものだ。

会は和やかに進行した。料理はともかく凝っておりすばらしかった。材料から厳選しているという話がよくわかった。新郎新婦は各席をまわって記念撮影に応じてくれた。プロのバイオリニストの演奏もあり、父親が外務官僚ということらしくすべてが上品だったし、宴最後の父親のスピーチも新郎いわく”大学の講義みたい”で私には面白かった。演題は”2番と智章についての考察”。長男は理3を出てアメリカで数学を研究しているそうだ。このお兄さんのスピーチもよかった(兄がスピーチするのもはじめての体験)。会はすばらしいものであったがひとつだけ難をいえば新郎の友人たちの芸がなかった。これは披露宴のお約束ではないのか?暴露話もない。皆で協定を結んでいるのか、2次会のお楽しみにとっておくのか。九州の披露宴では必ず誰かははじけてくれるものだ。長崎からかかつけた新郎の友人が挨拶をしてくれた。もちろん立派な挨拶だったが、わざわざ長崎から来たのならもちっと大きな笑いをとって欲しかったな。

新郎と新婦の両方の父親から挨拶があったのはまことに新鮮であった。男女平等の時代にふさわしい挨拶の仕方か。新婦のお父さんの言葉には胸を打たれた。私も二人の娘の父親だからか。尾道の方だそうで、上の娘を二人遠方にやったので末娘の新婦は手元に置いておきたかった、だが、今日よき伴侶を得たので東京に出したことはよかったと。末娘には特別な愛着があるが上二人の娘の結婚式では泣かなかったので今日も懸命に涙をこらえたと。気状にしっかりと話された。こちらが思わず涙してしまうような率直な言葉だった。

では私の挨拶を(簡略版です)。

知章(ともあき)君、佳恵(よしえ)さんご結婚おめでとう!

このよき日に臨席させていただいたことを心より感謝いたします。3月の大地震以来、原発問題や節電と重苦しい空気が充満しておりますが、本日は若いお二人が輝かしい未来へ一歩を踏み出そうとされている、そんなすばらしい時を共有できて幸せに思います。

森君はさきほどご紹介ありましたように私どもの教室で2年間研究に励んでくれました。私は大学院の期間は研究者、医学者としてのトレーニング期間と考えており、なかなか2年で仕事がまとまるものではありません。しかしさきほどお話がありましたように、智章君は2年で論文を完成させ現在投稿中で間もなく受理されるものと思います。彼の優秀さを左証するものだと思います。

さきほどより、このすばらしいカップルをながめながら、自分の新婚当初のことを思い起こしておりました。大きな声では言えませんが私は一度だけ女房を泣かしたことがあります。ま今は私がしょっちゅう泣かされていますので問題ないと思いますが。新婚当時私は夕方家に帰って食事をして、それからまた研究室に戻るという生活でした。食事をしておりますと突然女房が泣き出しまして、あわてて理由を聞きますと2時間かけてご飯をつくっても5分で食べてしまって、おいしかった、の一言もない、というわけです。これには私も随分反省させられました。結婚とは長い会話であると言われます。気持ちがあってもなかなか口にしないと伝わらないものです。ぜひお互いをいたわりあい、会話を大事にしていただきたいものです。

それでは新郎新婦の末永いお幸せとご両家並びにご臨席の皆様方のご健康とご多幸をお祈りいたしまして、ご唱和を お願いいたします。

かんぱいっ!

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