九大第一期生の武田篤信君のケンタッキーからのメッセージ
武田君はこのラボでNatureの筆頭著者の論文を出して帰って来た。
CCR3 is a target for age-related macular degeneration diagnosis and therapy.
Nature. 2009 Jul 9;460(7252):225-30.
皆様、御久し振りです。御元気ですか?
渡米してから早約2年が経ちました。
現在、私はアメリカ合衆国ケンタッキー州のケンタッキー大学眼科に留学して眼部血管新生を炎症という観点から研究をしています。
留学するには各人それぞれの目的があると思います。純粋にサイエンスを追求したい!という人もいれば、ある程度のリスクは伴いますが、アメリカなど海外に 行ってCNSなどのbig journalに論文を載せるぞ!という志を持っている人もいると思います。異文化に接するのが目的!という人もいるかもしれません。目的は人それぞれに 様々だと思います。もちろん、自分の将来にプラスにならないのなら留学はしない!というのも選択肢の一つです。私の場合はこれまでがmolecular中 心でしたので、手技も含めて眼科に関する研究をしたかったのと同時に、日本以外の異文化にも接したいという気持ちも強かったので留学を選びました。眼科に 関する研究するだけだったら別に留学しなくても良いのでは?という考え方もありますが、文化も含めて背景が違う多様な人々と出会うことである一つの事象に 対しても様々な考え方やアイデアが出てくることが期待できます。日本とは違う所に出るということの良さの一つはここにあるのではないでしょうか?
さて、ラボ選びについてですがどのラボも自分にとって100%完璧ということはまずありえません。どこかの本にも書かれていますが、自分の10年先の姿、 または人生のゴールなりを思い描いた時にどういう事をしていたいのかという視点から選ぶと見えてくるような気がします。そして、ラボに入った後は自分をそ こに適応させていく努力をします。それでもどうしてもフィットしない時は次を探すというのも一つの手ではないでしょうか。私は最先端のラボへ行ってサイエ ンスを追求するよりは、漠然とではありましたが、将来的には難治性眼科疾患の臨床、研究がしたいのでそれに繋がるようなラボが良いなあと思っていました。 そして、眼科だからあまりbig journalは期待できないかもしれないけれども、自分にとっては眼科の研究ができるし、ちょうど良いという感じで最終的に選んだのが今のラボです。
と、まあ、偉そうな事を書いてしまいましたが、堅苦しい話はここまでにして、ケンタッキーの紹介をしたいと思います。場所はアパラチア山脈のすぐ西で、緯 度は栃木県から秋田県ぐらいの位置にあり、地域としては南部に含まれることもあれば、中西部に含まれることもあるようです。気候は四季があり、夏は比較的 乾燥していて過ごし易いのですが、冬は非常に寒い所です。多くの人がケンタッキーに抱いているイメージといいますと、馬・バーボン・フライドチキンではな いでしょうか。ケンタッキー大学のあるレキシントンという街はHorse capital of the worldとBlue Grass Field(レキシントン空港)に書いてありますが、サラブレッドの産地として世界的に有名です。実際にドライブしますと、ダウンタウンから10分程で牧 場地帯に着きますがそこからは1時間走ろうが2時間走ろうがずっと牧場です。昔、北海道に行った時に滅茶苦茶広いなあと感動しましたが、そんな感動などど こかに吹き飛んでしまう位その広さには圧倒されます。また、ケンタッキー州は全米のバーボンの95%を産生しておりMakers Mark、Four Roses、Wild Turkeyなど有名なバーボンが作られています。レキシントン郊外にはこれらのバーボンの蒸留所が散在しており見学もできますし、景色が綺麗なのでピク ニック・コースになっています。そして、ケンタッキー・フライドチキンの第一号店はレキシントンの南の町にあり、開店当時の資料が展示されているそうで す。写真はどこまでも続く馬の牧場群
ケンタッキーでの日々の生活は田舎ですのでのんびりしています。ケンタッキーの人々は家族と過ごす時間を大事にしている様で、朝7、8時ぐらいから仕事 を始め、夕方の4、5時には帰宅するというのが一般的な様です。ラボも御多分にもれず、朝9時ごろ実験を始め夕方5時頃終わるという感じで、余程のことが ない限り完全週休2日制と、なんだか公務員にでもなったかのような生活を送っています。敬虔なキリスト教の信者が多いのか日曜日にはミサに行く人を多く見 かけますし、また、禁酒法の名残なのか日曜日にはスーパーでアルコール類は買えません。随分と日本とは違う生活に最初は戸惑いましたが、それに慣れていく と今度は自分が日本に帰った時に日本の生活に適応できなくなっているのではないかと心配になってきています。
そして、ここの人々は大らかで親切です。日本では自分も常に何かに追い立てられているような感じがして気が立っているのを感じることが多々ありましたが、 ケンタッキーに来た御蔭で、「なぜにそんなに追い立てられていると感じているのだろう。もっとどっしり、ゆったりと構えていればよいのではないか。人にも 優しくないといかんなあ。」と少しは考えられる様になりました。治安も良く日本とあまり変わりません(今や日本の方が物騒なのでは?)。物価も安く家賃は 都会の半分以下、ガソリンも安く、経済的な所です。トヨタ自動車の工場があるおかげで日本食の食材も容易に手に入り、居酒屋を含め日本食レストランも比較 的多く、最近では日本のパン屋さんもできるなど食生活も余り困りません。ただ、刺激があまりないのが玉に瑕です。10年、20年経ってここを訪れたとして もここの風景は余り変わっていないのではないかと思ってしまいます。
では、そろそろラボについて紹介します。ボスのDr. Ambatiはインド系アメリカ人で現在37歳の眼科医です。彼がMDを取得したのは21歳で、当時のMD 取得世界最年少記録でした(その後、実弟が17歳で取得し破られました)。ラボのテーマは加齢黄斑変性(Age-related Macular Degeneration、以下AMD)という脈絡膜血管新生病の病態解明を中心に、角膜血管新生の研究なども行っています。AMDは余りなじみがないか と思いますが、アメリカでは中途失明原因の第1位で、日本でも急激な高齢化や生活様式の欧米化により急増しています。アメリカでAMDを予防するというの を売りにしている健康食品のCMを見たことがありますし、こちらで素人の方と会話してもAMDのことを知っていましたので一般には関心が高いようです。当 ラボのプロジェクトはボスが決めた2、3のプロジェクトをポスドクと大学院生とで手分けして実験を進めていくという方式を採っています。確かに余り自由度 はなく少々窮屈ではありますが、ラボの規模(ポスドク3人、大学院生1人、テクニシャン1人)が小さいので短期間に効率的に終わらせていくという点では上 手いやり方だと思います。Authorshipはボスがすべて決めますのでこれといった無用な競争もありません。私にとってもAMDについては一から勉強 しないといけない状態でしたし、このラボで必要な眼科的な特殊な手技も身につけていませんでしたのでちょうど良かったです。ラボの雰囲気も、陽気なアメリ カ人と名古屋市立大から来られている日本人のポスドクとブラジル人の大学院生に囲まれ非常に良いと思います。(写真は研究所の前で。右から2番目が著者)
ボスはいろいろな論文を検索してくるのが上手く、いつも論文を検索している姿には非常に感心させられます。ラボに面接に来た時のこと、「角膜になぜ血管が ないのか分かる? これから投稿するのだけど、様々な血管新生抑制因子のノックアウトマウスでも角膜は正常だけど、うちで着目したある血管新生抑制因子を 角膜でノックダウンすると角膜に血管が侵入してくるんだよ。どうだ、面白いだろう。」と言われ、確かに面白いと思いました。そして、ポスドクとして採用さ れた後ラボに行きますと、鯨、インド象、イルカ、さらにジュゴンの眼の切片をポスドクが免疫染色しています!? 一瞬私は眼獣医学のラボにでも来てしまっ たのかと思い、かなり焦りましたが、どうやらボスはフロリダ・マナティの角膜には血管が侵入しているのに対しマナティ類縁哺乳類の角膜には血管が侵入して いないという文献を見つけ、そこに着目していたのでした。その後、この話はNatureに掲載され、Science誌の“a signaling breakthrough of the year 2006”でも紹介されました。また、ボスが興味を持てば様々な所からノックアウトマウスを手に入れて来ます。アメリカの凄いところの一つは簡単に種々の ノックアウトマウスが手に入ることです。マウスの専門の飼育施設があり、管理もテクニシャンがしてくれますのでただひたすら実験するだけです。ここに来て かなりの種類のノックアウトマウスを使って実験しました。現在は自然免疫とAMD、AMDの活動性を評価する指標(マーカー)の発見、といったプロジェク トを進めているところです。
留学も残り1か月になりました。この2年間はまさにあっという間でしたが、眼科的な手技、考え方に接することもできましたし、異文化に接するという目的も 達せられたと思っています。日本に帰ってからの目標も見付けることができましたし私にとってこの留学は非常に有意義でした。
最後になりましたが、吉村研究室の皆様方にはこの留学に際しましてもいろいろと御指導、御支援を頂き本当に有り難うございました。心からお礼を申し上げます。
吉村先生には非常に感謝をしております。実験のいろはから学位そして学振など本当に御世話になりました。慶応大学に移られてからも益々の御発展を心から祈念しています。
更に、ラボの皆様にはmolecularの細かいテクニックなどから果ては飲みに行って愚痴にまで付き合っていただき有難うございました。1人では何事もできないですし、仲間とは本当に大事です。
皆様方、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
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